剣術道場(上)
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シンディに半ば強引に連れられてフェリスは剣術道場に行くことになった。道場の師範はシンディの父親のレナルド・カロリスである。
剣術師範といっても人口数百人のこの村ではそれだけで食っていけるわけでもない。ロレンス司祭と同じく兼業農家である。
また狩りや魚釣りもしている。40代半ばほどになるが上背があり、筋肉もかなりつけて若々しい。剣で勝つには技術も必要だが、力も必要との持論による。
もともとこの村の出身であり、クラープ町の道場に入門して実力をつけた後に国内で巡って剣術修業し、クラープ町の道場での師範代を経て、故郷に戻ってきた。
また剣術だけでなく、体術や弓術も人並み以上のことは身に着けている。いまでもクラープ町の道場には定期的に通い、弟子たちに稽古をつけている。
道場といっても建物があるわけではない。もちろんシンディやレナルドが住む家屋はあるが、剣が振れるような広さはない。
あとは剣と防具を置く倉庫があるくらいで稽古は青空道場で行う。
道場にはほかに10歳前くらいの子どもが数人いた。もう少し年長の門下生もいるらしいが、午後のこの時間は働いているようだ。
子どもも10歳になればそろそろ働きだす。とはいえ、あまり長時間とはならない。だいたい世の中全体が暇なのだ。大人ですら適当に油を売りながら仕事をしている。
生産性を高めたはずの地球の先進国でなんであんなにみんな忙しそうなのか、何か無駄がたくさんあるのだろう。
レナルドのところに行き、挨拶する。
「剣を習いに来たのか?」
レナルドとはもう何度もあっているのではじめましてではないが、剣を習うのは初めてだ。
「今日はシンディに連れられて見学に」
「見学って、見てるだけじゃ剣はうまくならないわよ。実践あるのみ」
シンディが横から口を出す。うわあ、どうしてもするのか。まあ、日本とは違って剣を使う場面も少なくないから習っていても損はないけど。
「そういうことですので、今日はよろしくお願いします」
なんとも締まらないはじまりである。
「よろしくな。じゃあまず、シンディと一緒に木剣をとってこい」
レナルドはさほどこだわらずに指示した。またシンディに手を引かれて物置の方に行く。他の門下生が見ている。
その視線は攻撃的というわけでもないが、何か複雑そうだ。ちょっとまずいかなと思う。
彼らとシンディの間の微妙な関係性は後でわかることになる。
物置にはいくつかの大きさの木剣が並べられていた。シンディと一緒に探して、子どもにしては長めの剣を手に取り、レナルドのところに戻る。
レナルドは俺の持ってきた剣を見ながら説明する。
「よしいいだろ、ではまず剣の持ち方からだな」
握り方や手首の向きなどを習う。そのあとにレナルドが左右から斜めに切り降ろしたり切り上げる素振りを実演する。
「それでは同じように素振り30回」
やはりそれが基本か。いかにも剣術っぽいと思う。
「腕だけでなくもっと体全体を使って振る。体は起こす」
レナルドが声をかける。体全体でというのが言葉ではわかるが、実感としてどういうものかはわからない。
たぶんうまくできている例とできていない例を両方見ないとわからない気がする。
「素振り30回は毎日するように」
「30なんて甘いわ。200はした方がいいわね」
「いや、慣らしのためにもはじめは欲張らない方がいい」
お、レナルドはシンディみたいに脳筋じゃない。そんなことを考えていると、シンディは心を読み取ったのか、なにか睨まれている気がする。
シンディの素振りを見る。他の子に比べると動作が洗練されているのが素人の俺でもわかる。レナルドの素振りはなんとも力強い。あんなので斬り付けられたら即座に気絶しそうな勢いである。
1時間ほどの練習を終えて帰る。シンディはもっといるようにと言っているが、子どもの体力ならこれくらいだろう。ずいぶん汗もかいた。
大人だって実はせいぜい2時間くらいだと思う。教会に帰って、道場の授業料の心配があったので一応ロレンスには断る。
ロレンスは「行くのは構いません。レナルドの言うことをよく聞くのですよ」と相変わらずまじめなことを言っている。
「レナルドは体術も得意ですから、護身術も習っておくとよいでしょう」
あ、ワルスの事件のときに必要だとの話になっていたな。
授業料についてはロレンスの授業料と同じく、麦やら野菜やらを現物で持っていくようだった。
なお持っていく量は習っている時間というより、親の収入によりけりで、金持ちはたくさんで庶民はほどほどに持っていく慣習だった。
なおシンディはロレンスに読み書きを習っていてその授業料分と、フェリスがレナルドに剣術を習う授業料分が相殺されるわけでもないらしい。
全く同じものが行ったり来たりするわけではないが、似たようなものをお互いに贈りあっている。
この辺はお礼するというのはそういうものなのだろう。
なおロレンスもレナルドも言うならば兼業農家だが、収穫は他の農家より少なく、よそからもらったものをおすそ分けのように相手に渡しているようだった。




