ウドフィの強圧
司教との会見から数日して、また領主の手下のウドフィからの呼び出しを受けた。
結果的には周辺部の商売を独り占めするのはよくないとされ、他業者に営業権の半分を譲るように言われてしまった。
「その方の商売の独占状態は目に余る。独占を排除するためにも、営業権の半分を他業者に譲渡せよ」
「何度も言っているように、他の業者の参入は可能ですし、価格は他店との競争で決まっています。独占ではありません」
「だまれ! 実際にこの町の行商をお前は独占しているのだ」
「ですから、独占とはどういうことか、要件を教えていただけませんか?」
「ええい、だまれ! だまれ! 領主様に逆らうお前など獄につなぐこともできるのだぞ!」
役人は激高するが、それは別の役人が顔を横に振って止めている。なるほどここで司教への金が役に立ったのか。
「とにかく、領主様が独占だとおっしゃっているのだから、それに違いはない」
もはや議論にもならない。
別にいまだって他の業者を締め出しているわけではない。単によそが儲からないから手を出さないだけだ。
というよりすでに手を出したが、うちに対抗できずたいして儲からないのでやめてしまったのが実情である。
それをお前は儲けているのだからよこせといのもひどい話だ。
つまり今は制度上は周辺部の全地域で誰でも自由に商売できるが、俺がシステムを作って圧倒的にうまく商売しているため他業者は儲からない。
そこで事実上は俺の独占になってしまっている。それがけしからんから制度上俺の営業できる範囲を半分にするというのだ。
確かに行商だけは事実上は俺の独占はなくなるが、町の商売全体からは程遠い。独占なんて馬鹿な話があってたまるかと思う。
ただし財産の方は王国法で貴族でも手が出せないが、営業権は領主権に絡み手が出しやすい。
「だいたいその方は領主様の営業許可を受けているのか?」
「さて、商売に営業許可は必要なのでしょうか?」
そう答えると、役人はかなり得意げにまるで教え諭すように答える。
「王国法に商人の営業は領主の許認可の下に行うことが定められている」
さっき独占の用件を聞いても答えなかったが、こちらは都合のいい規定があったらしい。ただそんなものは聞いたことがないし、どうせ死文化しているのだろう。
「それでは他の商人は営業許可を取っているのでしょうか?」
「そんなものはいま議論している問題ではない!」
「いえ、死文化してもはや現行されていない規定を持ち出されても困ります」
「その方はすぐに口答えをする」
もはやこちらを説得するのはあきらめて営業権の許可は領主の裁量とするカビの生えた規定を見いだしたらしい。
もうとうの昔に事実上、営業は自由になっているのだが、形式的には領主の裁量となっているようだ。
確かにはるか昔には営業は領主が許可してそれで初めて商売をすることができたらしい。
だが現在はよほど反社会的な営業を止めるためだけの規定でしかない。だから俺の営業には当てはまらない。
だいたいいまどき、領主に断って商売しているケースなどないに等しいのだ。そんな死文化した規定を持ち出してまで俺の商売を取り上げたいようだ。
よほど領主は取り巻きたちに鼻薬をかがされて、役人はその意向をくんでいるのだろう。
「とにかく営業権については追って沙汰するから待っておれ」
またろくに議論にもならず、一方的に通告されてしまった。
だいたいとりつく島がないのだから仕方がない。向こうはとりあえず、俺の営業を取り上げたいだけ。それに反論しても、まったく頓珍漢な理屈を言ってくるだけ。
さすがに困り果て、商業ギルドを通して法律家などに相談する。ただ答えは芳しくない。
争うことはできないわけではないが、そうしたとしてもかなり長期になってしまうようだ。
しかも今度は領主自身が相手となる。法の解釈次第で違法でないものを違法にすることができる相手だ。
例えば過去には、領主の気に入らない相手がふつうに馬車を走らせていたのに歩行者を妨害したとか恐れをもたらしたなどと難癖をつけた例があるという。
あの役人の態度を見ているとたとえそれが他の馬車より安全運転だとしてもそういうことをしそうだ。それを判断するのが領主であるところが質が悪い。
微罪逮捕のようなもので、違反も言えないような些細で誰でもしていてそれなしでは円滑にうごかなくなる違反をあげつらう。
ビデオカメラでもあってさらに上部に訴えられるなら楽だが、民事のときの上訴のように簡単にはいかない。
全く領主権などろくでもないものとしか思わない。
だいたい俺の独占を云々言うが、領都では領主の取り巻きの商会がカルテルを組んで、商売を独占している。結局損をしているのは住民だが、領主も商人も儲けているから満足らしい。
いや住民は逃げ出し、市場も小さくなって、しょせん種もみを食っているに過ぎないのだが、それもわからないらしい。
ここでも多くが欲しいのではなく、人より多くが欲しいのだ。
本社で幹部たちに対応を相談するが、いいアイディアはでない。商業ギルドのパストーリ氏も同じだ。
いちおう領主に付け届けするという手はあるらしい。ただどこまで効果があるかはわからないし、領主が既存のお気に入りをひいきする可能性が高いようだ。
もしそうでないにしても、天秤にかけられて、次から次に要求を上げられても困る。
別にこの町にこだわる必要もないのだ。現在クルーズンに進出しつつあり、むしろそちらに軸足を移した方がいいのかと思う。
こうやってまたこの領は将来を失う。とはいえ、いまの俺の力では手出しができない。捲土重来を期して一時退くしかないのだろう。
ただ大方針はそうだとしても、後々のためにも徹底的に逆らってやろうかと思う。さいわいクルーズン司教の後ろ盾もあるようで、身の安全の方は確保されているらしい。
町を出るのはいいとして、後々のためにもいろいろ仕込みをすることにする。




