30. クルーズン司教との腹の探り合い
2回目の聴聞会の翌日になって本社に出て幹部たちに説明した。
「昨日また聴聞会があった。うちが独占しているという話だった。そうではないと説明したけれど」
「なんでそんなことになっているの?」
「誰でも参入できるようになっているよな」
「どうもパラダたちが領主を動かしてうちを排除したいらしい」
「それはひどいですね」
「ああ、まったく」
「とはいえ対策を考えないと」
「領主相手に何か方法はあるの?」
「前に使った上訴はどうなの?」
「あれは裁判になった場合だからな。それに領主権に関わる手でやられるとやりにくい」
「領主より上の人っていないの?」
「まあ国王や大臣なら上だが、知り合いにいるわけでもないし、動いてくれるとは限らないからな。領主権に関わると戦争にもなりかねない」
「クルーズンの司教がいますな」
あ、そうだ。それがいた。純粋に上というわけではないが、影響力はある。
ものすごく期待できるわけでもないし、あまり会いたくないが、いちおうそっちには話を持って行ってもいいのかもしれない。
それは別として、クルーズンへの進出を早めることが話しあわれた。
「今進んでいるクルーズン進出だけど、もう少し急いだほうがいいんじゃない?」
「そうだな。こちらの町の商売の割合が減れば、領主から何かされても対応しやすくなるな」
「そうだね。いざとなったら逃げだしてしまえばいいし。いまのままだとそれもつらい」
「あっちは人がたくさん流入しているから、商売の広げ先もたくさんありそうだ」
「クルーズンには旧知の者も多いゆえ、助けてもらうこともできますぞ」
幹部間で話していたが有効な手立ては見つからないまま話は終わった。そうは言っても事情だけでも話しておくのはいいことだと思う。
とりあえず念のためにクルーズン司教に会うことにする。
やや急ぎということもあり、また具体的な頼みがあるために、多めの布施をしないといけないようだ。
アーデルベルトやパストーリ氏に相談すると、100万あるといいという。出せないわけでもないが、ずいぶんな金額だ。これだけ稼ぐのに皆がどれだけ苦労したのかと思う。
そこで教会に行くと、金額のせいか嘘のように簡単に司教に会うことができた。
「これはこれはフェリス殿、この度は大変にご奇特なことで……」
「神の御恵みをいただいている者が一部をお返しするにすぎません」
全くそんなことは思っていないが、あたり差しさわりのないことを言う。
どうもこの狸親父とはいつものことながら腹の探り合いになってしまう。
「いやはや大変に素晴らしい。きっと更なる御恵みを賜ることになりましょう」
いや、それを教会の権力として具体的に示してほしいんだ。
「どうすれば御恵みを賜ることができましょうか?」
「一心にお祈りするのがよろしいかと」
神は祈りより猫の嬌態の方がよほど利くだろ、とは思う。
払い損にならないようにはっきり領主に対抗する必要があることは言わなくてはならない。
「ええ、まったく私の信心の足りなさのせいか、ご領主様にうとまれているようでございます」
「はて? それはどういうことですかな?」
やっと本題に入った。
「はあ、それが。私がクラープ町で行商を独占してボロ儲けてしていると、役人たちから言われているのでございます。そしてどうやらも私から営業権を取り上げようとしていおります」
「それは確かなことでしょうか?」
「はい、すでに役人が2度私を呼び出して聴聞し、独占だと責め立てております」
「俗界のことはよく存じませんが難儀されておられるのですな」
よくいうよ。俗にまみれているくせに。俺よりよほど事情を知っているのではないか?
「はい、このままでは商売を取り上げられ、収入を得ることもできなくなりかねません。どうすればよいのでしょうか?」
布施ができなくなるぞのほのめかす。
「はて私は僧職の身。商売のことはなかなかわかりかねますな」
そんなところで逃げを打たれても困る。出すもの出しているんだから応えろと思う。
「私は商売を続けて、ますます人々に教会に奉仕を続けたいと考えておりますが、その夢が潰えてしまいます」
さらにはっきりと金出せなくなるぞと脅してみる。もう少し慣れていればもう少し丁寧な交渉もできるのかもしれないが、そうもいっていられない。
司教は顔色も変えないが、何か言わないといけないと思ったようだ。
「商売のことはわかりませんが、篤実な信者には必ず道は切り開かれます。その一身はきっとお護りされるでしょう」
後は何か通り一遍の言葉の応酬となった。最後に司教から
「今後もフェリス様に神のご加護があり、教会とともにありますよう」
と言われ別れることになる。どうやら何かするから礼をよこせということらしい。
よくわからないので、おつきの司祭にも聞くが、「神のお護りがあることでしょう」と通り一遍のことしか言わない。
会見の意味はよく分からなかったが、何かはしてくれるらしい。
そのままでも気持ちが悪いので、町に帰ってアーデルベルトに相談する。こういうことはやはり年配者の方が頼りになる。
「すぐに意味は分かりませんが、それはおそらく、領主があなたを逮捕するようなことはさせないということでしょう」
前世の感覚がまだ残っていて、さすがに犯罪でもしない限り逮捕はないと思っていた。
前世でも市民運動に対して、警官が暴行された振りをして逮捕することはあったようが、さすがに商人が合法の商売をしていて逮捕というのは聞かなかった。
だがこちらでは領主の意向で気に入らない商人の営業を取り上げて、お気に入りの商人に渡し、都合が悪ければ逮捕することもあるらしい。
それを近くの大勢力の教会に頼んでお守してもらう。何かヤクザの世界のようだ。
そんなことをしているから領の発展が妨げられるのだが。
もしかしたら日本の鎌倉時代や室町時代にはそう言うこともあったのかもしれない。
今までも役人相手に口答えはしてきたが、とりあえず今後は口答えしても逮捕されることはないということか。
考えてもいなかった災厄を避けることができて、安心よりもむしろ考えが及んでいなかったことにぞっとしたというのが本音だ。




