麺打ち機とレオーニ氏
軽食をクルーズンで売るためにレオーニ氏に麺を紹介し、そのためにリアナを開発に参加させた。
同時に軽食を展開するための要員が必要なので、新人のセストを採用し、レオーニ氏の店で徒弟として修行させている。
いちおう二人はうちで雇っている。だからブラックにはしたくない。レオーニ氏の店の事務担当のマンロー氏はブラックがいいとは思っていないようだ。
ただ彼も新入りだし、長い間の体質はなかなか払しょくされないようで、レストランはブラック気味だ。
それを避けるために夜はうちで仕事があると言って帰してもらっている。実際はほとんど仕事はさせていないのだが、そう言っておけば角が立たない。
こんな処世じみたことをするのも俺の中身がおっさんだからだろうな。あ、学生あたりでも部活なんかで上の無茶にさらされていると、変な処世術が身についているのもいる。
その手の処世術をありがたがる人間もいるが、正論が素直に通った方がいい世の中になると思う。
麺の開発は順調なようだ。はじめはうどんのような麺からだ。小麦粉と塩水で作る。さすがにリアナによると粉の種類や水の量などいろいろ試しているようだ。
それだけでなくこね方・寝かし方・ゆで方など、いくつも試しているという。
「粉も何種類もあるだろ、それに水の量もいろいろありうる。しかもその後の調理手順もまたいろいろあるから、片っ端から試すと1日終わっちまう」
まったくお疲れさまと言いたい。どうもああいう努力は苦手だ。やはりプロに任せた方がいい。
材料メーカーの素材開発あたりでは網羅的にたくさんのパターンを統計も使って片端から試すようなこともしているらしい。
そういう技法も知っていたら、自分でできたのかもしれない。でもまあ、自分一人でせずにレオーニ氏と一緒に仕事するのは今後にとってもいいことのような気がする。
ところで試作品の残りはどうしているのだろう。従業員のまかないか? 彼らも食べきれるのか怪しいものだ。
それとも以前にやっていたように救貧院に回しているのだろうか。リアナに聞いてみる。
「それだけ試作すると余るだろ。どうしているの?」
「ああ、そういえば何時間かに一回、残り物を取りに来るのがいるな」
救貧院のパターンらしい。まあ取りに来てもらった方が楽だな。
セストの修行も悪くないようだ。リアナに比べるとおとなしめに見える。いやリアナがちょっと活動的過ぎるのかもしれない。
あの調子についていけている人は高揚するかもしれないが、ついて行けない人はつらいような気もする。
ただセストも3か月の修行が終わったらリアナの下につくんだよなあ。
レオーニ氏に会うと、夜にこっちに仕事させていることについて文句を言われる。リアナは彼の元弟子だし、セストは現弟子だ。
弟子に対してはかなり強く圧力をかけるのが彼流のようだ。そうは言ってもうちはホワイトの店だ。
在籍出向の形だが、ホワイトは確保しておきたい。
「まあまあ、そのうち面白いものを見せますから、勘弁してくださいよ」
そんな風に言って適当に流す。リアナから聞いた手だ。彼は新しいもの好きで、それを見せておけば主張が通しやすくなると。
ただそう言い訳しているうちに
「いつ見せてくれる?」
と問い返されてしまった。
さてどうしようか。ただ、実は計画がある。ずっと前からクラープ町で使っていた、生地こね器を見せればいいのだ。
リアナは麺棒とのし台は持ち込んだが、さすがにあのでかいこね機は持ち込んでないとのことだ。
俺の方はどうせクルーズンでも使うだろうからと木工職人のフルヴィオにすでに発注してあった。もちろんギフトで運んである。
クルーズンのうちの社屋に使いもせずに放ってあったが、レオーニ氏が見たいというので見せることにした。
もちろんリアナが操作する。皿の部分に軽く練った生地を入れ、ペダルを操作すると、生地がこねあがる仕組みだ。
レオーニ氏はリアナが操作している間、自分でも操作したそうにしている。身を乗り出して、ペダルを踏む真似をしたり、食い入るように見たりしている。
それを横目に見つつじらすように説明する。説明しているとまだかとばかり声をかけてきた。
「私もためしてみていいかな?」
「ええ、どうぞ、ぜひお使いください」
そこで新たな生地をさらに入れてペダル操作をしている。少し踏むと生地を見て、また踏んで生地を確かめてとしている。
「ずいぶんと面白いものだが、なんでこんなものを作ったんだい?」
「ええ、生地こねは腰に負担がかかってつらいですからね。これだとその点ずいぶん楽だし、量もたくさん作れる」
「これだけど、うちでも手に入るかい?」
まるでおもちゃを欲しがる子どものようだ。ある種手抜き機械っぽいが、調理器具というだけでいろいろ試してみたいのだろう。
「この機械はセストの修行が終わるまでは使わないので、このまま持って行ってもらってもいいですよ。実費はいただきますが」
「いくらだい?」
「まあ20万もいただければ」
実際は15万あまりであとは輸送費だ。ギフトを使って持ってきたので実はここから彼の店の分しかかからないが、クラープ町からここまでの分も乗せる。ギフトバレを避けるためだ。
「そんなものか。それならすぐに払う。ぜひうちにくれ」
なにかすぐにでも持っていきたいようだったので、ばらばらにしてうちの行商用の荷車で運ぶことにする。レオーニ亭について組み立てると、さっそく動かしていた。
「また新しい道具を買って来たんですか? いくらですか?」
マンロー氏が半ば呆れたように言う。
「まあまあ。たったの20万だよ。だけどこの機械はなかなか優秀なんだよ。フェリス君、説明してあげて」
「はい、この皿に生地の元を入れて、ペダルを踏むことで生地をこね上げることができます。
多くの量を短時間でこねられるうえに、体の動きが自然なので腰痛の心配もなくなります」
「というわけなんだ」
「まあフェリスさんの推薦する道具なら間違いはないでしょうが、相見積もりとったり、品質の検討もありますから今度は先に言ってくださいね」
「わかったよ。そうするよ」
何かそうしそうにないパターンだ。
「じゃあ、この機械使って麺の作り方の検討のし直しだ」
多数のパターンの組み合わせを作って出来上がありのチェックをしてきたが、機械を使うとなるとまた条件が変わる。
そこでその場合も調べなおす必要が出てきたのだ。リアナも、試食を担当する他の調理人たちも青い顔をしている。
もちろん材料の性質というものがあって、多少の条件が変わったところでそこから類推できるものだから、全く今までの知識が無駄になるわけではないが、また試験のし直しらしい。彼らも気の毒だ。
実はもっと量が多くなったら、水車の動力を使うことも考えているがいまは言うのはやめておこう。また試作が増えるからだ。
あと彼はもう気づいているかもしれないが、麺をスープに入れるのではなく、ソースをかける食べ方もある。
そんな紆余曲折はあったが、1月たって、試作品が完成したようだ。試食してみるとやはり俺の作ったものとはるかに違う。
麺は滑らかだし、形もそろっている。コシもあって、表面がべとべとやぶよぶよしていない。
リアナの作ったものは俺のものよりはずっとよかったが、それに比べてもずっと洗練されている。
それはもちろん実力もあるだろうが、レオーニ氏はリアナの作ったものの上にさらに時間をがかけたのだから仕方がない。
「いやあ、本当においしいですね。レオーニさんに頼んでよかった」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
リアナをはじめ調理人や給仕たちは食傷気味のようだが、天才に振り回される下の者たちというのはこんなものかと思う。
リアナもうちに帰ってきて、事業の展開を考えることになった。




