レオーニ氏の講評
リアナが作った麺について、レオーニ氏が試食し、講評を始める。
「この麺というのはなかなか面白い食感でいいね」
ふだんなら得意げに解説するリアナが借りてきた猫のようだ。仕方なく俺が説明する。
「中力粉や強力粉を塩水でこねて寝かせてから、細く切ってゆでたものです。おっしゃるように食感がおもしろいです」
「これは君のアイディアかい?」
「はい、元は俺が作りました。ただリアナがずいぶんと改良してくれたので、元よりずっとおいしくなっています」
「そうなんだよな。本当に不思議なんだよな。君は人が考え付かないような面白い料理をいろいろ作るのに、技量の方はいまいちで」
本職の料理人にいまいちと言われても、その通りとしか思わないので別に悔しくもない。というよりいまいち以前だと思う。
リアナは師匠相手に気後れしているので、俺が料理の感想を聞く。
「リアナの調理はどこがよかったですか?」
「うん、ちゃんとスープが取れている」
え? そこかい? と思う。ただレオーニ氏は続ける。
「この麺の真価はまだわからないが、こういう風に食べるならスープの味は重要だ」
そういえばレオーニ氏は麺は初めてだ。だから麺の出来不出来は判断できないのかもしれない。
「基本がきちんとできていれば、いろいろ応用できるからな。スープがきちんととれているから、修行中の身としては上出来だ」
師匠に褒められてリアナはまんざらでもないようだ。ただレオーニ氏はすぐに付け加える。
「とはいえ、まだ工夫の余地はあるぞ。麺の方は少しいじってみないとわからないが、スープをもっと麺に合わせるのはすぐにでもできそうだ」
いちおう作り方を説明する。ところがそうするとレオーニ氏が止めてきた。
「そんなに簡単に教えちゃいけないよ」
「まあでも、レオーニさんならこれを一度見たからには何度か試せば作れそうでしょ」
「そうかもな」
粉に塩水を入れてよくこねる。そして途中で寝かせる。生地を寝かせることについてはパンでも寝かしの工程があるから考え方として不自然でないだろう。
あとは伸ばして、打ち粉して、折りたたんで、端から切ればいい。
ここで何かもうひと手間秘密の手順があればそれはわからないかもしれないが、基本的な部分はいずれ誰かが明らかにしてしまいそうだ。だから別にみせてしまってもいいように思っている。
その後もいろいろ細かいことを聞かれる。
「ああ、そうだ。言い忘れていましたが、たぶん麺はもっともっといろいろな作り方ができそうです。
材料を変えることももちろんできます。水ではなく卵を入れるとか。もっと細くやもっと太く切るとか。とにかくこのゆでるところが基本になります」
卵を入れればスパゲティになる。ラーメンならかん水が必要だが、かん水をどうやって作るかわからない。何かアルカリだった気がする。
粉と塩水だけでもきしめんやらそうめんやらいろいろできそうだ。そばのように小麦粉以外を使うこともありうる。
ただいずれも大量の水でゆでてたんぱく質を変化させてなめらかな舌触りを作るところはたぶんポイントだ。
「君は本当に不思議だね。調理の方がそれほどでもないのに、次から次にアイディアが出る。何か別の世界でそれを見て来たみたいに言う」
レオーニ氏に見抜かれてちょっとドキッとする。ただ別の世界を見てきた人という考え方は異世界転生以外にも古くからありそうだ。実際にそういう人がいるとはまさか思わないだろうけど。
さてここまで俺のターンだったが、突然ターンが変わる。
「じゃあ少し麺の研究をしたいからしばらくリアナを借りてもいいかな?」
リアナの方は戸惑っている。俺も意外だったのですぐには返事できない。
クラープ町の食品工場の方に問い合わせるなら、ギフトを使えば今日中に、飛脚なら5日ほどかかる。
「フェリス君は商会長だから、すぐに決められるだろ?」
そう、こういうときに下の者だとすぐに決断しなくてもいい。本部に問い合わせることにすればいいだけだ。
だが俺はトップなのでそういう言い訳が使いにくい。だから話の初めは下の担当者同士が細かい条件を時間をかけてすり合わせた方がいい。
ただ工場の方はここしばらくはリアナなしで回っていた。属人的にならずに誰かがいなくても回るように組織が変わるのはいいのかもしれない。
レオーニ氏と協力していくにはもちろん同意した方がいい。だがリアナの希望もあるだろう。レオーニ氏は視線で決断を迫ってくるが、一息入れてもらうことにした。
「工場の方の状態がわからないので、リアナと話したいです。ちょっと2人にしてもらえますか?」
そう断って、リアナと2人してもらう。そこで相談を始める。
「フェリスはすげえなあ。よく師匠に口答えできるな」
「それはまあ、リアナと違って俺は他人だからね」
「リアナはここで麺の研究をしたいの?」
「まあ乗り掛かった船だし」
「わかった。じゃあしばらくこっちにいてもいい。1週間くらいなら工場の方も大丈夫だろう。その後は向こう次第だけど」
レオーニ氏に相談は済んだと伝え、先の誘いに回答する。
「とりあえず1週間なら可能です。それ以上となると工場の方にも問い合わせないと決められません」
「うん。じゃあそれでいいよ」
そういうわけでリアナの1週間残留が決まった。
ところで肝心の以前の軽食の販売のことの話がまだだった。
「それでですね。以前に話した軽食のことですが、クルーズン市での販売を認めてもらえませんか?」
「あ、そのことね。なんかこっちの麺の方を売りたくなったけど」
「それはそれでまた進めるつもりです。とりあえず、あちらの方をお願いします」
「わかった。事務担当者に話しておくよ。そちらと話し合っておいて」
俺に前にうるさく言われたのが応えたのか、事務担当者を置いたらしい。後はそちらと細かい条件を話すことになる。
もうその日はさすがに面倒なので後日ということで、お暇する。
「ところでリアナは今日は泊まるところはあるの? うちの徒弟の寮でよければ泊まっていいよ」
レオーニ氏が心配して誘ってくれる。
だがリアナはあまりいい顔をしていないので、今日はとりあえずうちの幹部用のスペースに泊まらせることにして、クラープ町に帰すことにした。
ただ歩いて1時間ほどはかかるので、明日からの宿は探さないといけない。まあリアナはクラープ町に来た時もあっという間に見つけたから大丈夫だろう。
ただまた経費が掛かる。投資だから仕方がないけれど。
レオーニ氏は麺の研究と言って実際にそれもしたようだが、後から聞くとどうもリアナに対する研修も兼ねていたらしい。。それはそれでありがたいことだった。




