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シンディ(下)

 シンディはあまり服には興味がないようだ。衣服について日本のように想像がつかないほどのバリエーションがある社会でもない。


既婚の女性は衣服を造れる人も多いが、デザインは似たり寄ったりである。


村で服を買おうと思っても、たまに行商人が売りに来るのを待つか、あとはマルコの店の片隅にごくわずかに置かれているものくらいしかない。


クラープ町に行けばもう少しはあるが、それでも知れたものだ。だいたい食べ物に比べて圧倒的に高いので、みんな多数持っているわけでもない。


それでも男物と女物やよそ行きとふだん着などの区別はある。だいたいシンディは男物に近い、いうならばトレーニングウェアか道着のようなものを着ていることが多い。


飾りのついたようなものは動きにくいというのだ。髪飾りなどにも興味はないようだ。ただ武器になるような髪飾りだったら、興味を持つのかもしれない。


シンディの母親のシルヴィアはもう少し女の子らしいものを着せたいようだが、本人が嫌がるので仕方ない。父親のレナルドはそれでいいと思っているようだし。


むしろフェリスがよそ行きなど着ると少し優男っぽい風貌もあってそちらの方が女の子っぽいこともある。


俺がロレンスとクラープ町に出かけるのに少しいい服を着ているところにあった時のことである。


「あらお出かけ? なにか動きにくそうな服ね」


シンディの方はいつもの男物のような動きやすそうな服を着ている。


「クラープ町に行くんだ。これはよそ行きだからね」

「そんなので敵が現れたときに剣を振れるの?」


いやいや、そもそも剣は持っていない。


「クラープ町に行くだけだから、剣を振る必要はないよ」

「常在戦場よ」


7つ8つの子どもにしては言うことが難しい。レナルドの口癖だろうか。こうやって子どもは親の考えを内面化していくのだろうか。


こっちは「常在おうち」とか「常在お布団」とか「常在猫猫」の方がいいのだけれど。あ、チートが使えればお布団はともかくあとの2つはかなうのか。


いつでもあのビロードのような手触りのクロを触っていたい。内勤の仕事なら職場に猫を連れて行けばいいんだな。というよりあの神はいまそんな状態のような。


いやいや、あいつは仕事なんかしていない。プーだ。働かなくても食っていけて猫なでているだけだなんていいな。


俺もチートを使って早くそういう立場になりたい。そんなことを思いながら、シンディに手を振って別れる。




 あるときチャンバラでへこまされて、座り込んでいた時のことだ。


「そんなんじゃいつまでたっても勝てないわよ」

「そんなんじゃなくてもいつまでたっても勝てそうにない」とは思うが、言えるはずもなく口をつぐむ。

「さあ、続けるわよ」


ちょっと待ってくれ、完全にばてている。こっちはおっさんだ。いや体はおっさんじゃないのだけれど。


シンディが平気そうなのにこちらがこんなに疲れるのは無駄な動きが多いからなんだろう。その辺はマルコとか他の子とシンディを見比べればなんとなく見えてくる。


それはわかっても何かできることはない。シンディに無駄な動きがないのは日頃の稽古のたまものだろう。


あーあ、練習するしかないのか。




 ある日、シンディは俺に言った。

「あなたも道場に来なさい」


剣術道場かあ。7つ8つの男の子なら剣士にあこがれてかっこいいと思うのかもしれないが、こちとら40男、それどころか生きた年数から言えばもう50に近い。


うげぇ、めんどくさい、痛そう。そんな感想しか出ない。もっとも年齢をを言い訳にするのは間違いで、50でも80でも新しいことに挑戦する人はいる。


だがブラック企業ですり減らした神経では、できるだけ楽な道を歩んでいきたいものだと思う。あーあ、神が無敵のチートをくれていればなあ。


「うーん、そのうちね」

適当に返事をしておく。


「そのうちっていつなの、はっきりしなさい」

「そのうちはそのうちとしか」


できるだけ後の方が、死ぬ間際とかがいい。あるいは隠居して暇になってからロコモや生活習慣病予防の運動のためにというのもいいかもしれない。


「めんどくさいわね。いまからいくわよ」


そう言って、シンディは俺の手を引っ張る。今すぐにでも連れて行くつもりのようだ。


「いやいや準備もあるだろう」


道場に行くとなったら保護者のロレンスにも断らないといけないし、練習着だって用意しなければならない。


「そんなこと言っているといつまでたっても行けないから」

シンディは強引に引っ張っていく。体も大きい剣も強い相手にかなうはずもなく俺は道場に連れていかれた。




 道場で熱心に打ち込みシンディを追い越して見返してもらうシナリオもあるのか、などと考えていたが、もちろんそのもくろみは見事に打ち砕かれる。


こんなものは上達すればするほど差を意識するようになるのだ。高さ100mと200mの違いは、地上にいるとよく見えないが、100m地点に立てばよく見えるのだ。



 家ではクロ相手に反射神経の訓練をする。布で右腕を隠し、指だけ少し出して、ちょろちょろと動かす。クロが気になって、飛びかかってくる。


捕まえたり引っ掻いたらクロの勝ち、ひっこめて逃れられたら俺の勝ちだ。ずっと俺が勝っていたはずなのに、最近負けることが多くなった。


もしかしたらあのてしたがこっそり鈍化の魔法でも使っているのかもしれない。

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