チートばれの後始末(下)
縛り上げられたワルスに水をかけて叩き起こす。
いままでの恨みで何度かビンタしたりもする。ケガさせなきゃいいだろ。
魔法とロープで動きの取れないワルスはフェリスをにらみつけている。
何か文句を言おうとしているらしいが、大型スクロールの鈍化魔法で筋肉がうまく動かないので、ろくに口もきけない。
「ああ、黙って聞いていてくだされば結構です」
ロレンスはチンピラ相手でも丁寧に話す。慇懃無礼の感もあるが、ロレンスからは丁寧な言葉以外聞いたことがないような気がする。
「あなたは、フェリスのギフトのことを知って、それをもとに金品を脅し取りましたね」
ワルスは恨みがましそうな目で見ている。本人はあくまでコンサル代だと思っているのかもしれない。
「ご存じかとは思いますが、ギフトというのは人に知られてはならないものです。もちろんよほど信頼できる相手ならば教えることもありますが、それでも秘密保持の魔法を使うのがふつうです」
そうなのか。こういうことも知っていた方がいいように思う。
「あなたがコンサルティングと称してしたことはフェリスから受け取った対価に見合うものだとお考えですか?」
ワルスはなにかすがりつくような目で見ている。これから何をされるのかと怯えている様子だ。
「別にあなたを殺そうなどとは思っていません。私も聖職者ですから。ただあなたにフェリスのギフトのことを覚えていてもらっては困るのです」
もちろん拘束している優位はあるが、ほとんど有無を言わさない。
「それではこれから忘却魔法であなたにはギフトのことを忘れていただきます。さて一般に無理やりに忘却魔法を使った場合に使われた側が訴え出るケースもあるようです。
ですがそんなことをすればあなたが子ども相手に脅迫して金品を脅し取っていたこともあきらかになりますよ」
ロレンスはくぎを刺している。ワルスは明らかにおびえている。
「私はあなたから金品をせしめようとかあなたを従属させて使おうなどとは思っていません。ただこんごフェリスとは関わりなく、心清らかに生活を送っていただければ結構なのです」
ロレンスはワルスに宣告する。
いよいよ忘却魔法に入る。ロレンスはワルスの正面に向かい、目を見つめつつ、抑えた声で暗示をかけている。
そして「フェリス」「ホール」「移動」「ギフト」などいくつかギフトに関するキーワードを口にしている。
それに対するワルスの反応を見ながら、耳元に囁いたり、手をかざしたりとしている。結構時間のかかるものだ。
一通りかけた後に、記憶が残っているかどうか、相手の反応を確かめている。ごく微細な目鼻の動きや体の反応を見ることで知っているかどうかを確かめるとのことだ。
何度か確認してどうやら記憶していないことを確かめた。それからワルスに向かい話す。
「これで終わりです。もう2度とフェリスにかかわることのないように。あなたはまじめに家業を行いなさい」
そう言って、ワルスの拘束を解く。ワルスはよろよろと立ち上がり、外に出て行った。
神様は居間のクロ様の横に座って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがてワルスが記憶を失ってしまいますと、悲しそうな御顔をなさりながら、またかりかりと猫の背中をおかきになり始めました。
自分ばかりもうけようとする、ワルスのおろかな心が、そうしてその心相当な罰をうけて、2人にやりこめられてしまったのが、神様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。
しかし極楽のクロ様は、少しもそんな事には頓着致しません。その玉のような黒いお尻は、神様の御足の上に、ゆらゆらしっぽを動かして、顔のまん中にある黒い鼻には、何ともいえないご飯のいい匂いが、絶間なく入り込んでおります。極楽ももう午に近くなったのでございましょう。
ワルスが出ていくとロレンスはフェリスに話しかける。
「今回はあまり時間がたっておらず幸いでした。時間がたっていると全部の記憶を消しきれなかったり、ある記憶を消すのに広範囲の記憶を消さなくてはなりません。不幸中の幸いでした」
魔法といってもそんなに万能でもなく難しいものだなと思う。これで終わりかと思ったが、お説教が始まる。
「あなたのそのギフトは世の役に立てとの神のご意思なのでしょう。それを使うなとは言いません。ですが人の目につくような場所で使ってはなりません」
「まだまだあなたにはこのギフトをきちんと使いこなすだけの準備ができていないようです」
神のことは同意しづらいが、あとのことはもっともだ。今回のこともロレンスに頼らずには解決できなかった。まだまだこの世界のことをきちんとは知らない。
「しばらくそのギフトは封印しなさい」
くぎを刺されてしまった。
「あとはそのうち護身術やロープの使い方を習わないといけませんね」
護身術はともかくロープの使い方って何だ? 何か変な想像をしてしまう。
ほぼ問題は片付いたが、まだ問題があった。つまりワルスが他に話していないかということだった。
子どもを脅すようなレベルの低い男だけあって、村の人に聞いてもワルスには友人も付き合っている相手もいないようだった。
確かに誰かと一緒にいるのを見たことがない。ワルスの父親は教会の敬虔な信者で、毎週末に教会に来ていた。
ロレンス司祭がそれとなくワルスのことを聞いてみる。どうやら特に秘密など打ち明けられていないようだった。ただ最近性格がずいぶん変わったらしい。
なぜか心を入れ替えて家の仕事にも取り組んでいるとのことだった。忘却魔法は人格が変わることもあるが、いい方向とは限らない。今回はたまたまうまくいったようだ。
「それで息子が心機一転するためにも名前を変えたいというのです」
ワルスの父親は司祭に名づけを頼む。確かに遊び人としてあまりに悪名が知れ渡ってしまっている。司祭はそれにこたえて、聖書から名前をとり「ヨシヤ」の名前を与えた。
名前の通り、真人間として生まれ変わってほしいものだ。




