ブドウ栽培奨励の取り決め
セレル村にはときどき帰っている。歩いても3時間ほどだ。ロレンスたちにも会いたい。
なおロレンスはよくクロに会いたいと言っている。その時にクロを連れていくのはクロに負担がかかるので、ギフトでロレンスを町に連れてくる。
いや俺が村に行くよりロレンスがクラープ町に来ることの方が多くその時に会っているのだが、それでは足りないらしい。
あの神にして、この司祭である。やはり猫猫教を立ち上げて、ロレンスは教皇にでもした方がいいのかもしれない。
ところでロレンスが言っていた「神様にいただいたギフトを」勝手なことに使うなと言っていたのはどうなったのだろうか。
もちろん俺は神自身が猫に会うことしか考えていないことを知っているが、ロレンスは知らないはずだ。
まあうるさいこと言われない方がいいから放っておくけれど。
なお不思議なことだが、クロ自身はホールは通れないようだ。もしかして何か危険があるのだろうか。
あの神なら人間など平気で危険にさらしても猫だけはがっちり守るということはありうる。だいたい地球世界以外の宇宙では神より猫の方が重要らしい。
もっとも俺が神からホールをもらった時の理屈がクロのところに帰りたいだから、クロが通れないのも仕方がないのだけれど。
だけど、どこか危ないところから脱出する場合はどうだろう。クロはとりあえず安全なところにおいて、フェリスだけ危険を切り開いて後で迎えに行くこともありうる。
とはいえ、クロは無敵で状態異常無効でしかも年がら年中神がついているからそんな心配はしなくていいのかもしれない。
けっきょく俺はクロのいるところを一番重要な本拠地としてそこからちょこまかと走り回るしかない。
そんなことを思いつつ、いまはブドウのことだ。ブドウはまだ苗を植えている最中だ。
ロッコとロザリンドは村のあちこちを回ってブドウの木に札をつけて番号をつけている。ノートに番号をブドウの特徴などつけている。俺はその手の費用とロザリンドにはいくらかのお小遣いを渡している。
日本だったら必要経費として計上して、課税の範囲から除いていただろうなと思う。
植えているものが実をつけるのは数年先だろう。その時も俺が今のようにクルーズンに持っていくとは限らない。
もしかしたら誰かほかの商人がするのかもしれない。その時に俺が投資した分は他人にあげることになる。
大した額でもないし、村のためになるならいいかと思っている。ただロッコやロザリンドにただ働きさせるのも気の毒だと思う。村の方で商会か組合を作って管理した方がいいような気がしてきた。
あまりフリーライドを許していると、みんなのためになることをしようとする人がいなくなるのも確かだ。
そんなわけで村に帰ったときに、例によって飲み食いで有力者を集めて話をすることにした。話にはまたマルクも入ってもらう。
俺より村にいて事情も分かっているし、ロレンスやレナルドに比べて金目の話が得意だ。というよりあの2人はその手のことはまるでダメだ。
ロッコとロザリンドにはあらかじめ話しておく。2人は趣味のようなものだから構わないというが、はっきりさせておいた方がいい。
おそらく横取りのような方法で独り占めする人間が出てくるに決まっている。そう言うことも日本で嫌な目に遭ったからよく知っている。
「ロッコとロザリンドがブドウの苗を植えています。彼らもかなりの手間もかかっています。ブドウがなったときには一定の権利を渡しましょう」
「だが植えたのはみんなの共有の山だぞ」
「ええ、その通りです。ですから一定の権利なんです。全部ではありません。木のある集落にも一定の権利を認めればいいでしょう」
「ブドウなんて勝手になっているだろう。どれが彼らが植えたものなのかわからんのじゃないか?」
「まだ今年植えたばかりですから、見分けはつきます。しかも彼らは記録をとっています。今のうちに皆で確認しておきましょう」
「彼らばかり得をするのもどんなものかな?」
「まだまだ植えられるところはあるので、ぜひ他の人にも植えてほしいですね。そちらもぜひ記録してください」
有力者たちは儲けのにおいがすると敏感だ。しかしよくもまあ次から次にその場限りの理屈をつけて欲得を丸出しにするのがいるものだと思う。
全部反論して、多くの人が利益を得るための原案を出す。ブドウの木は記録すること、植えた人に一定の権利を渡すこと。ただし植える間隔に注意すること。
そのあたりを軸に話し合って合意をとる。あとは文書にしてサインをしてもらう。写しも作ってそれぞれに渡す。原本は村長に持っていてもらおう。
これくらいしておけば、ずるい人間が横取りしにくくなるだろう。ただそういう連中は絶対に新しい手を考えるから、とにかく注視しておかないといけない。
別にロッコたちを儲けさせたいというわけではなくて、きちんと仕事した人が報われる仕組みを作りたいのだ。だから他の人や有力者自身が木を植えたなら、それで儲けるのは全く歓迎だ。
猿知恵で美味しいところだけ持っていくことが可能な状態が気に食わないだけだ。
話しが終わってマルクとの反省会になる。
「フェリス君、町に行って抜け目なさに磨きがかかったね」
「あちらはパラダだのモナプだのとにかくろくでもないのがいますから」
「この村の長老連中なんか一ひねりか」
「まったくくだらないずるなんか考えない方が、全体で利益があるというのに……」
「それはね、彼らの欲しい利益は絶対的な量ではなくて人との差分なんだよ」
恐らくそうなんだろう。まったく悲しいことだが。多くのものが欲しいわけではない。人より多く欲しいだけなのだ。
つまり他人を少なくしても、それで満足する。でもみんながそうやって足を引っ張るとみんな損をする。
誰か上手い人間だけがやっていても不公平感が消えなくなる。やはりずるはさせにくくするに限る。
「まあ、あの合意で横取りはしにくくなるだろう。うちはどちらにしても儲かるけど、やはり量が多くなる方がいい」
「マルクさんもなかなかのワルですね」
「いやいやフェリスさんには敵いません」
何かいつもの漫才になる。




