シルヴェスタ商会の光景
シルヴェスタ商会はクラープ町の中心部の少し西側に本社がある。元は工房で、執務室や応接室や会議室や食堂や資料室や徒弟用の部屋などがある。
庭もあり、家畜用の小屋もある。家畜小屋にはフルールをはじめ、3頭のロバがいる。
休みの時間に庭でアランがアカペラで歌っている。練習のようで、聞いている徒弟の子がちらほらいる。いつもながらわりとうまい。いや本当にセミプロレベルだと思う。
だけど売れるかどうかは上手い下手とに全く関係ないわけではないが、上手いから売れるとも、下手だから売れないとも、限らない。要するにあまり売れてない。
アランのファンたちはうっとりしているけれど。俺はアランには夢をかなえてほしいとは思いつつも、うちでやって行ってほしいとも思っている。
芸能事務所を作るつもりはないけれど。だから、いつ辞めても大丈夫なように後進を育ててもらっている。
シンディは剣を振り回している。ビュゥンビュゥンと気持ちのいい音が鳴っている。型のようなものなのか、見栄えがする。
シンディのファンが見たら、大喜びしそうだ。本社は一般客が入る必要のない場所だから、ファンが見ているわけではない。
ただ徒弟の子でそれを見ている子もいる。憧れているようだ。確かに様になっているもんな。だけどあまり脳筋の雰囲気を商会の中に広げて欲しくない。
商売を広げるとなると警備も必要になるが、それは中でするべきなのか、外に頼む方がいいのか、もちろん両方もありうるけど、迷いそうだ。
休みの時間は設定されているわけではなくみんな思い思いにとっている。昼休みも特に設定はしていない。
さすがにあまりにも長く不在にする者には注意するが、それ以外はみんななあなあでしている。
前世で年配の人たちは、むかしは昼食の時間に家に帰っていたとか、午後に職員で軽いスポーツの時間があったとかいろいろ話していたけれど、こんな感じだったのかもしれない。
効率化して暇をなくして儲けた分をみんなに還元するのもいいのかもしれないが、なんとなくそこまでしたくない気もする。
効率化して暇をなくして儲けた分を経営者や出資者だけが持っていくのは最悪だと思う。
ところで一斉の休み時間のようなものは、ずいぶん後の時代にできたのではないか。
一斉の授業を受けるような学校で、チャイムで管理されて授業と休み時間の区分がなされる体験で子どもの大半が受けて訓練されないと、そういうものにはなじみそうにない。
隠されたカリキュラムというものの成果だろう。修道院とか大きなお寺の修行僧などならかなり古い時代でも時間管理はあったのかもしれない。
昼食はみなそれぞれ持ってくる。あるいは近くに買いに行くか、家に食べに帰る。社員食堂は作っていない。
あれは特定の時間だけ忙しいからかなり採算がきついとの話を前世で聞いた。いや別に採算を考えて作っていないわけではなく、他でもなくあまり考えていないだけだ。
商売にするなら弁当をたくさん作って売り歩いた方がよさそうな気がする。なお工場から軽食は適当に持ってきていて、従業員価格で売っている。
いちおうお金は取らないといろいろ無駄が出そうなのでただにはしていない。
ジラルドはふつうに資料を眺めている。あるいは積み込みの作業をしたり、指示出しをしたりしている。何か頼れる中間管理職っぽい。
何となく徒弟の子たちも相談を持っていくようだ。派手さはないがああいう穏当な人が組織の中核になるのだろうと思う。
微笑みを絶やさず、嫌味もなく、なんとなく頼りになる
カミロは壁に向かって何かぶつぶつ言っている。考え事だろう。ただ妙に時間が長い。面壁九年という話がある。
だるまさんの元になった達磨大師が壁に向かって9年間座禅をしたはなしだ。さすがにカミロは9年壁には向かわないが、9分は向いている。放っておけば90分くらい向いているかもしれない。
異様で近づきがたい。商売と全く関係ないことも考えていたりするのだが、ときどき商売のことも考えている。
その考えたものは、それなりに修正は必要だが、実際に商会に大幅に貢献している。商会のことだけ考えさせてもたぶんうまくいかない気がする。自由にさせておくのがいい。
南の方の食品工場に向かう。歩いて20分ほどだ。
リアナが調理人たちに声を張り上げている。たぶん修行していたレオーニ亭の光景なのだろう。
年上の部下もいるが、リアナの指示に従って仕込みをしている。一方でエミリは書類に向き合っている。
こちらの工場の方もそれなりの人数になってきたので、管理的業務が必要なためだ。それはリアナには向いてそうにない。
一方でエミリは危なげなくしてくれるので助かっている。
本社に帰る途中で家に戻る。もちろん世界で一番重要な仕事のためだ。食品工場に行くのもこれのためのような気がする。
世の中で多くの出張が実は何か別の希望のためにされている気もしないでもない。
神が相変わらず出入りしている。そしてクロをべろべろにあやしている。だがクロの方は何か面倒そうだ。
もちろん嫌になれば教育的指導が入るから、まだ耐えられる領域なのだろう。全く神ももう少し生産的なことをしたらどうか。
……などと思ったが、それもなんとなく経営者っぽい。遊んで暮らせるならそれでいいのかもしれない。
後ろ髪をひかれながら、本社に戻る。シンディがフルールらロバの世話をしている。どうも体を動かす方が好きなようだ。
将来に経営にかかわることを考えると少しは書類仕事もしてほしいのだが。もっとも体を動かす方で、経営にかかわる道も考えないといけないのかもしれない。
フルールは厩舎におとなしくつながれ、干し草などを食べている。これで結構な力持ちだから頼もしい。
そんなわけで、シルヴェスタ商会の本部はいつもながらののどかな雰囲気だった。




