ドナーティ商会の再建(下)
他の取引先も交えて、ドナーティ商会の本部で会議を持つことになった。
あらかじめアーデルベルトとマルコに行ってもらい、帳簿や経営計画の再検討などをしてもらっている。そこでもやはり見込みは十分あるという結論だった。
2人に加えてアーデルベルトが引き込んだ商業ギルドのパストーリ氏も参加して、ドナーティ家の中で経営再建計画が作られる。
もちろん資料と見込みを伴うものだ。アーデルベルトの活躍は経理を超えてもう経営の領域だ。
その間にカテリーナは辞めていった者たちに戻るように声をかけて回っていた。
取引先との会議の当日になり、カテリーナは作成した経営再建計画を説明し、出資を求める。話し方には十分によどみがない。
ところが話が進まない。みんな計画には納得できるし、ドナーティをつぶしてはいけないとは思っているらしい。
ただやはり不安は大きいようで、できるだけ出資はしたくないようだ。それは一度潰れかけているからにはそう考えるのもわかる。
だから誰かにやってもらいたい、自分が中心になるのは嫌だと思っているのだ。
そこで俺が出資を申し出る。ただここでは予定していた上限までは出さない。それは今後の交渉次第だ。
誰かほかに出す人はいないかと聞いてもみな口を開かないので、取引額が多い業者から順に名指しで依頼する。そうすると俺の額よりは少ないが、みなそれぞれ申し出る。こういう時は名指しに限る。
だがここでもやはり保証の問題になった。面倒なので俺がまとめて保証して、その分はドナーティ家の屋敷を俺への担保にすることにする。
これで担保が複雑になることは避けられた。いちおう見込みの額は集まったので、それで再建を進めることにする。
懸案だったうちの仕入れは元に戻すことにした。うちで生産者から仕入れするには手間が大きすぎる上に、かなり従業員も増やさないといけなくなる。
何でもかんでも抱え込むのがいいとは思えない。分業した方が効率的だ。もちろん分業しすぎると、マルキ騒動みたいなことになることもありうるのだけれど。
あのときは取引先を増やしておいたからよかったが、そうでなければひどい高い価格で仕入れ続けなければならなくなるところだった。
なお肩代わりしてもらっていた方の取引先は、そちらの仕入れはあまり得意ではなく、やや無理していたそうで、元に戻すことには快く同意してくれた。さらにドナーティをつぶすことには賛成していないのもあるようだ。
しばらくしてマルコの昇進話が聞こえてきた。さっそく本人に確かめる。
「手代に昇進したんだって?」
「耳が早いなあ」
「さっき、カテリーナさんから聞いた」
「フェリスが口をきいてくれたんじゃないの?」
「いや、そんなことはしていないけど」
「でもね、僕はドナーティ商会では君への窓口だからね。そりゃ気も使うでしょ」
「え? なんでそうなるの?」
「あのさ、ドナーティからみると君は大口の取引先の上に、君に結構な借金を負っているんだよ。そりゃ気は使うよ」
「クロ、マルコが昇進したというから、おいしいものでももらうといいよ」
とクロをマルコに近づける。クロはマルコとはまんざらでもないようで、鼻をこすりつける。
「参ったなあ」
カテリーナが主人になり、事業は元の手堅いところに戻った。きちんと利益も出ていて、借金の返済も当初計画から遅れていない。
さらに労務管理もずいぶんまともになったらしい。マルコももはやへとへとになって夜遅く帰ってくることなどなくなった。
これで一つブラックをなくすことができて、何人かこの世界の俺を救うことができたのかもしれない。
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子爵領 領都ゼーランの子爵の館にて
もう50代だが年齢の割には若くというより軽薄そうに見える男がふてぶてしい領主に貢物をもって挨拶に行く。
「どうしたモナプ?」
「領主様、あたしは悔しいです。せっかくの金づるをフェリスなんぞという子どもに取られてしまって」
「ああ、フェリスだったか。ずいぶん手広くやっているようだな」
「領主様、なぜマルキが返済することを認めてしまったんですか?」
「なんのことだ? ワシは知らん」
「いえ、あたしが入り込んでいたドナーティ商会がシルヴェスタ商会に借金があり、返す必要が出てきたのです。
領主様のお力で返済を軽くしてもらおうとしたのですが、商業ギルドマスターが言うには領主様の意向で返せとのことでした」
「知らん! 知らん!」
「もしかしたら家宰あたりが何か言ったのかもしれません」
「わかった。聞いておく」
「どうかよろしくお願いいたします」
家宰は領主に呼びだされ事の次第を問いただされる。
「御館様、お言葉ではございますが、あの件はさすがにマルキやモナプの主張を通すのは無理でした」
「そんなものワシがやると言えば、その通りになるだろうが!」
「ええ、それで済めばよかったのですが、フェリスは誰に入れ知恵されたのか、上訴も考えていると言っていたそうで……」
「上訴だと?」
「はい、判決次第では王国巡回裁判所へ上訴することを考えているとのことでした」
「何だと? いまいましい。領民ふぜいが、領主の言うことに逆らうとは……」
そんなことを言っても王国の制度なので仕方がない。だいたい無茶な領主がいるからそんな制度ができてしまったのだ。
「はい、そういうわけであの結論になったのでございます。どうかご理解を……」
「うむ、わかった。しかしなんともいまいましい……」
家宰は引き下がり、部下にこぼす。
「全く御館様もあの愚か者の言うことなんぞ聞いていると、いつか足をすくわれるというのに」
「まったくあれは目先の利益とゴマすりだけしか考えておりません。住民も減ってきております。大丈夫なんでしょうか? わが領は」
「まあ先行きは……、明るくないな」
「どこか別の奉公先を探した方がよいのでしょうか」
下の者ならそういうこともできるのかもしれない。しかし長く続く家のつながりで家宰という地位にいる者にとっては考えづらいことであった。




