カテリーナの回想 結末
私が店主になることが決まれば、あとはマルキに引導を渡さなければならない。ただそれはせめてもの罪滅ぼしだと、義両親が引き受けてくれた。
「マルキ、話がある」
「何だ?」
もはや寝転がっているかぶらぶら歩きまわるか、そんなことばかりしている。
「お前にはこの家を出て行ってもらう。次の主人はカテリーナだ」
「あんたがいると、店の者が怖がるんだよ」
「これまでドナーティ商会を支えてきた俺を追い出すというのか?」
「はあ、何を言っているんだ? ドナーティ商会を守ってきたのはカテリーナだ。お前の事業は赤字続きで一度も黒になったことがない」
「それどころか、主だった番頭も手代もお前に嫌気がさして辞めてしまい、組織はガタガタだ。それを何とか支えたのもカテリーナだよ」
「俺が出て行ったらカテリーナなど他人ではないか」
「残った使用人も取引先もお前がいなくなってもちっとも困らないが、カテリーナがいなくなったらうちから離れていくだろうな」
「カテリーナはあんたより私たちに親孝行だし、孫たちもなついているよ。あの子に任せておけば孫に身代を譲れるよ」
「いいか、クルーズンの知り合いの店にお前の修行を頼んでおいた。間違うんじゃないぞ、お前は雑巾がけからだからな」
つまりマルキは丁稚の修行からすると言うことだ。
「いまさらそんなことできるかっ!」
「向こうの主人には話をつけてある」
「お前にやれるものはもう何にもないんだよ。これが嫌なら着の身着のままで出て行って、もう二度と帰ってこないでおくれ」
マルキは信じられないという顔でいた。そして悔しそうにしてその場から逃れて出て行った。
だがマルキには持ち合わせもなく、行くところもない。
帰ってきたマルキを私と両親と弟マルクで囲む。
「さっきの話だが、あんたに逃げ道はないからね」
「いいこと、うちはまだ少しは過去の信用があるけれど、資産はもうないのよ。あなたが持っていけるものはないの」
「カテリーナが主人になることは、もう番頭たちも取引先も合意済みだ。先ほども言いかけたがマルキ、お前はよそで丁稚から修行だ」
「逃げようと思ってもこの町でも近隣でも商売はできないからね」
マルキが逃げようとしたところで、何の技術も信用もないマルキでは何ができるわけでもない。
商人なら行商もありうるが、それだって元手がいるし、1日だけとはいえ見事に失敗している。
若ければ仕事ができなくてもそれで当然だと周りは思ってくれるが、年を取っていて何も技術がないのでつらい。
いまさら自分から頭を下げてよその店に丁稚に入ることもできないだろうし、まして他の職業など考えられもしない。
クルーズンに行くまでのわずかな金と紹介状だけ渡し、送別会もせずに送り出してしまった。
マルキの始末がすんで、私はいろいろ後始末をしなくてはならなくなった。
取引先には経緯をすべて説明しなければならない。そこでは番頭・手代にマルコも助けてくれた。
マルコはフェリス君のところに出入りしているからなのか、2年目とは思えない風格がある。資料など作ってみなを納得させる。
それで従来の事業は一応黒字が出ていることがわかる。この事実を説明し、マルキが始めた怪しい新規事業は整理することで、取引先に今後も取引を続けることを納得してもらった。
マルキがひどい扱いをしたために逃げてしまった徒弟の家には謝りに回った。
「マルキはすでによそに出しました。こんなことを言えた立場ではありませんが、どうか戻ってください」
さいわい徒弟たちは、マルキがいないなら、おかみさんならと、既に別の奉公先になじんでしまった者以外は戻ってきてくれることになった。
シルヴェスタ商会への卸しの方は、フェリス君も代わった業者も元に戻してくれるとのことだった。
少し無理をしていたところもあると言っていたが、気づかいだろう。おかげでうちはやっていける。
これには感謝しかない。利益は数十万規模だが、そういう手堅い利益が多数ある方がよい。マルキのような一点集中は怖くて仕方がないのだ。
ただ立て直しの中でやはりそれなりに資金が必要になった。取引先やギルド関係に資金を出してもらうようにお願いする。
そこではマルコの手引きでフェリス君が結構な金額を貸してくれた上に、先頭を切って取引先やギルドと共同して一定金額までの保証もしてくれた。
その説明資料を作ったのはマルコだが、どうもフェリス君がいろいろと注文を付けたり、修正してくれたらしい。
そんなこともあってマルコは手代に昇進させた。私の一存ではない。当面は先代(ではなく先々代になった)マルカや番頭・手代や取引先と相談しながらの運営だ。そこで認められた。
先輩たちを飛び越しての出世となってしまったが、マルコが一族であることと、実直かつ有能であること、さらに出資元つまり金を借りているフェリスの機嫌を取らなくてはならないことなどを説明して先輩たちを納得させた。
「マルキ(おじさん)は今後どうするの?」
マルコに聞かれる。
「彼次第ね。いまは間違えてあんなふうになってしまったけど、元はみんなのことを考えていたのよ。子どもたちの父親でもあるし、いずれまた会える日が来るわ」
マルキがきちんと修行を務めれば、店に戻すことも考えている。もちろん彼に含むところのある奉公人がたくさんいる。だから彼らが納得するまでは難しいだろう。
それでも未来がよくなると信じたいのだ。多くの人の協力を得て店は再スタートした。利益もそれなりに出て、少しずつだが借金も返せそうだ。
少しずつ積み重ねるしかない。そう思いつつ、仕事に戻ることにした。
カテリーナの回想はここまでです。




