カテリーナの回想 争訟と新主人
値上げと行商がダメになると、今度マルキが思いついたのはフェリス君への返済の差し止めだ。
これももうすでに私たちが反対していたのに勝手に考えて、下の者を使いにやって通告してしまった。すぐにフェリス君から抗議が来る。ごもっともとしか言いようがない。
ところがマルキはモナプを通じて領主様につながりがあるつもりでいる。領主はおそらく長期の返済を認めるだろうから、大丈夫だと安請け合いする。
商売の金1000万で毎月25万の支払いなら十分長期だと思う。高利を取られても文句が言えないはずなのに、それも求めてこない。これだけ条件がいいのに、マルキはそれも払うつもりはないのだ。
フェリス君から商業ギルドでの調停の通知が来た。マルキにだけ任せておくと危ないので私も同席することにする。
そしてギルドマスターのパストーリ氏のもとで両方の言い分が繰り広がられる。どう聞いてもフェリス君の方がまともなことを言っている。
だがパストーリ氏としても思うところがあるらしい。どうもモナプが同席していて意地汚い顔で笑っていることを気にしている。つまり領主の後ろ盾があることを示しているのだ。
そのせいか、パストーリ氏は、いかにも不本意ながらだが、領主のところに行ってもそういう話になるだろうからと、かなり長期の返済案を示してきた。
マルキもモナプもかなり満足そうだ。フェリス君の顔を恐る恐る見ると、別に悔しそうにはしていない。そこでフェリス君が口を開く。
「王国巡回裁判所が回ってくるのは3か月後でしたか、領主の裁判は2か月はかからないでしょうから十分間に合いますね」
そう言うと、パストーリ氏が目の色を変えた。他は誰も彼の言っていることがわからない。
そこでパストーリ氏が言っていることを覆した。領主がマルキ寄りの判断をするとは限らないし、上訴されたら負けるだろうという。
あまりよく知らなかったが、後から人に聞くと、領主の判断でも王国の裁判官に上訴して覆されることがあるという。
マルキは後ろに領主がいるつもりだったから、それを聞いて思い切り顔をしかめて大声を張り上げた。とにかく裁判にして決着をつけると主張する。
さすがにパストーリ氏が引き取って、領主に内々に聞いてみるから待つようにとのことだった。
モナプはマルキから責められるのが嫌なのか、金の切れ目が縁の切れ目なのか、まったく商会によりつかなくなるようになった。
しばらくしてパストーリ氏からギルドに呼び出しがかかる。さらにパストーリ氏は私と義両親も同席するようにと言ってきた。
そこで言われたことは、領主様の家宰の話として、フェリス君の勝ちだろうということ、裁判しても見込みがないとのことだった。
それがもっともだろう。商売の金だから返さないといけないものは返さないといけない。
マルキはそれでも絶対に裁判で決着をつけると声を張り上げる。パストーリ氏はこの光景が予想できたのだろう。
私と両親とパストーリ氏の4人で説得する。もうモナプはいない。マルキは完全に四面楚歌になったからか、もういいとあきらめたようだ。
家に帰り、万策尽きたのか、マルキはすべて投げ出してしまった。
「もうどうでもいい。勝手にしろ」
「勝手にしてようございますね」
「ああ、できるもんならやってみろ」
奉公人たちの前で大声を上げる。
私は思うのだ。マルキはもうここにはいてはいけないと。マルキがいたら、従業員は誰も安心して働けない。ここ数年さんざん負担をかけて疲弊させてきた。
取引先も不安だろう。卸し先のフェリス君はもちろん、うちが仕入れしていた生産者たちをも振り回してきた。彼らにも申し訳が立たない。
義両親と番頭それぞれに会い、どうしてもマルキを主人から引きずり降ろさないといけないことは確認した。
そこで番頭・手代を集め、さらに隠居している義両親とマルキの弟のマルクも呼び、後の始末をつけることにした。
「皆さん、わざわざありがとうございます。本日はマルキの始末についてです」
みなうなだれている。ここ何年も散々苦労させられたからだ。
「本人はもう投げ出しました。この後に翻意するかもしれませんが、もはやマルキを店主としておくことはできません」
とうとうこの日が来たかとのお互いに顔を見合わせる。
「ここ数年の事業の失敗で、多くの奉公人がお店を離れてしまいました。それに伴いお店もいいところがありません。お客様も離れてしまいました。貯えももうありません。むしろ借財ばかりです」
「それで奥様は今後どうするおつもりで」
「マルキは完全にこの家から出します。そこでですが、マルク様、店主を引き受けてもらえないでしょうか」
「そうしたいのはやまやまだが、村の店もしないといけないからね。こちらに来るわけにはいかないよ」
そう言われることは想定内だった。いちおうもう一度聞くが、マルクの決意は固い。そこで次は前の店主のマルカのカムバックだ。
「お義父様、お体がきついかとは存じますが、店主としてお戻り願えないでしょうか?」
「私は一度やめた身だ。わたしが息子を育て損なってこのざまだ。戻る気はないよ」
そう言われて、何度か翻意を促したが、結局良い返事は得られなかった。
次は筆頭の番頭だ。
「番頭さん、あなたが舵を取って、ドナーティ商会を立て直してくれませんか?」
かなり面倒だが、番頭には義父のマルカの養子にでも入ってもらうしかないだろうと思う。しかし思惑通りにはいかない。
「いえいえ、私なんぞは、そんなことはできません」
他の番頭にも声をかけるが、いずれも固辞する。まさか番頭を差し置いて手代に主人になってもらうわけにもいかない。
「それでは、いったいどうやってこの商会を立て直しましょう?」
誰にも固辞されて私は途方に暮れる。
「そのことは、もう番頭たちとも相談が決まっているんだよ」
マルカは口を開く。
「いいかい、カテリーナ、お前が店主になるんだ」
青天のへきれきだった。思ってもみないことだった。
女主人は法で禁じられているわけではないが、慣習的にほとんど見られない。よほど他に候補がいないときだけだ。しかも私は一族ではない。
「しかし私は女ですし、一族でもありません」
「別に女だから店主になっていけないわけじゃない。一族でないと言っても番頭よりも近いよ。
よく考えてごらん。わしもマルクもできない。番頭たちも固辞している。他に候補がいない。まさにうってつけだ」
「しかし、私はマルキの暴走を止められませんでした。私に店主になる資格はありません」
「いや、それを言うならだれも止められなかったんだ。だがお前がこれまでのうちの商いを維持していたことはみんな知っている」
マルカから諭すような目つきで見つめられる。
「あたしたちも、おかみさんなら、店を再興できると信じていますよ」
番頭や手代たちが私に決心を促す。もうこれは引き受けざるを得ないのだろう。
「皆さまのご期待わかりました。未熟者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
店の中の合意は得られた。あとは取引先だ。中で相談が決まったので取引先も集めて同じことを繰り返す。取引先が同意してくれなければ、うちのような店では仕入れができなくなってしまう。
しかしそちらももうマルキの惨状は知っていたので、マルキを追い出すことについてはみな同意してくれる。
私の店主への就任も、それが一番いいと言ってくれた。
「お前さんはよく頑張ってきたよ。だからみんなそれでいいと言ってくれるんだ」




