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カテリーナの回想 マルキの行商

 フェリス君は値上げしてもしばらくは仕入れを続けた。


「ほら、どうだ。あんな小僧、うちがいなければ仕入れもできんのだ」

マルキは上機嫌だ。


ところがフェリス君はとっくに対応していたのだ。うちが卸しで値上げすることはずいぶん前から想定していたらしい。


1か月もしないうちによその業者からの仕入れ体制を確立してしまう。そして1週間後からはうちからの卸しはもういらないと通告してきた。


お互いに阿吽の呼吸でしてきたので長期の契約になっていなかったのもまずかった。もっとも長期の契約なら今でも7掛けで卸していたはずだ。



 マルキはそれを聞いて

「すぐに止めてしまえ」

と叫ぶ。


だがフェリス君相手ではうちはあくまで問屋なのだ。よそから仕入れて卸している。


だから元を止めてからでないと商品がだぶついてしまう。もはやそれをさばく力はうちの商会にはないのだ。


そちらは止めようにも、長期の契約やしがらみがあってすぐには止められない。


「あなたは黙っていて」

「なんだとぉ。主人に逆らうのか」

「いい? うちの仕入れは止まらないのよ。フェリス君に卸さなかったら、商品を誰が引き取るの? あなた売れるの?」


マルキは黙っている。このまままた黙りこくって、私がまた始末するのかと思っていたら、マルキはとんでもないことを言いだした。


「そうだ行商をすればいい。小僧でもできることだ。うちならわけがない」

「あなた行商なんかしたことあるの?」

「ああ、それくらいは知っている」


ところがよくよく聞くと、修業時代に2~3日行商人について回っただけらしい。それでよくも知っているなどとうそぶけるものだ。




 行商などフェリス君の成功を見てとっくに他の店でまねしていたのだ。ところがたいして儲からないためどこもやめてしまっている。


いまさら参入したところで儲かるはずもない。マルキはそんなことも知らないのだ。




 マルキは店の者に行商に行くようにと指示する。とはいえ、行先も家畜も荷車も品目も何も決まっていない。そこから決めてくれと意見される。それに対して、それくらい自分で考えろと言い張る。


それはふだんから権限や予算を与えて自由にさせて、失敗しても上が責任を引き受けるなら、そう言うこともあるだろう。それを全部しないで、自分で考えろもあったものではない。


だいたいもう人が減って疲弊しきっている。もはやうちには新事業に回せるほどの人の余裕はないのだ。



 そこでマルキはまたコンサルのモナプを使ってどうにかしようとしている。モナプは自分の稼ぎになるようにとにかく割高な方法を使う。


もうこれ以上、うちのお金を使わせてはならない。手元に金があるとマルキは使ってしまう。だからどんどん出してしまうことにする。


支払いなど早めにできるものはさっさとしてしまう。借金もできるだけ早めに返してしまう。本当は低利なら事業に回した方がいいのだが、マイナスになるだけの事業よりは返済の方がましだ。


ともかくそうやってできるだけ手元にお金を残さないようにする。どうせマルキは長くこちらの本業の方は見ていないので、返済期限などろくに知らないのだ。




 こちらが手元の金を減らしているので、いよいよマルキは使える資金がなくなる。コンサルのモナプの方は金の切れ目が縁の切れ目なのかだんだんと寄り付かなくなった。


あんな寄生虫はいない方が商会のためだ。そのためか、マルキはとうとう自分で行商をすると言い出した。もう商会の中に彼の居場所はない。




 幸か不幸かフェリス君に卸しを行うための荷車と家畜が空いていた。それをマルキにあてがう。


マルキは威勢よく、小僧の儲けなど1か月で抜いてやると意気込んで行商に向かっていく。ただ商品の選定もろくにできず、丁稚たちを右往左往させていたけれども。




 マルキは行商に向かうが、広場の管理者に何も断っていなかったらしい。途端に追い出されてしまう。ほうほうの体で店を移し、道沿いの空き地に落ち着く。


何とか荷車を止めて露店を開くが、看板もなく、明らかに目つきの悪い不機嫌そうな中年が店を出していても、近づこうとする者もいない。


ごくまれに勇気を出して近づいてくる者はあっても、特段代わり映えのしない商品が並ぶばかりで、すぐに離れるか申し訳程度に買うかその程度だった。


だいたいフェリス君は管理者に断るのはもちろん、広告を出したり、はじめに特売をしたりした上に、アクセサリやら軽食やら魅力のある商品を増やすなどいろいろ仕込みをしていたのだ。


結局、1日店を出しても2000ハルクかそれくらいの売り上げしかなかった。


売れ残ったものも時間がたってしまっており、本店で半額以下の投げ売りで売るしかない。原価割れで完全に赤字である。


マルキは一度やって懲りたらしい。自分ではもうしなくなった。




 代わりに古株の店員を脅して、「お前が売って来い」と嫌がるものに押し付ける。彼だって仕事があるのに。


さすがに一度トラブルがあったのにで広場の管理人には断って商売する。


だが初めからわかっていたことだが、あまり儲からないのだ。いちおう利益は出てマルキは大きい顔をしているが、実は店員をタダ働きさせて店がかすめているだけなのだ。


店員は商会での仕事はそのまま残っているので、仕事が増えている。それで見合うだけ給料を出せばいいのだが、もちろんそんな原資はない。


これではまたやめる人間が出てくる。けっきょく私と番頭・手代全員でやめようということにしてマルキに意見した。


「こんなやり方は続きません。直ちにやめるべきです」

「だったらどうするんだ? 利益は上がっているぞ」

「フェリス君に頭を下げて、また仕入れしてもらうしかないでしょう」




 後でマルコに聞くとフェリス君の店はテキストやらマニュアルやら研修やらがあってかなり高度化しているという。それで3月前入ったばかりの小僧でも手代並みの仕事をするという。


さらに流通網などということも考えているそうだ。単なる行商ではないのだ。


あらためて商人としての格が違うことがわかる。どう見ても子どもなのに、大商会なみか、それどころか大商会よりはるかに先進的なのではないかと思う。

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