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マルキとの争訟(下)

 商業ギルドでマルキとの調停を申し出る。制度や手数料の説明があり、書類をかいて手数料をおさめ受理される。


さらにフェリスは事前に接触してギルドマスターのパストーリ氏に上訴も考えていることを伝えようとしたが、パストーリ氏は調停の席で聞くと言って突っぱねて来た。


ところでこの社会で成人は15歳だが、商売をしている年少者は商売に関しては成人扱いになる。だからフェリスも堂々と調停でも裁判でも出ていくことができる。



 数日して商業ギルドから調停の日程合わせの手紙が来た。都合のいい日時をかいて返信する。


さらに数日してギルドから調停の日時と場所が記された手紙が送られてくる。フェリスは事前に要点をまとめたノートを作って準備した。



 調停当日になり、フェリスとマルキはギルドの会議室に集まる。カテリーナやマルコも同席する。


パストーリ氏は両方の言い分を聞いて、ついでにドナーティ商会で最近起こっている状況も考えると、俺の言い分の方にうなづいている。


だが内済が破れて実際に領主のところに訴えられたときに、領主はマルキの肩を持ちそうな気配もある。


マルキは領主の取り巻きの取り巻きであり、慣習に従って領主に定期的に付け届けをしている。大したものではなく領主も気にしていないだろうが、まったく交渉のない俺よりは有利になるかもしれない。


それだけでなく領主は保守的で事なかれ主義のため、領主裁判では強い者や取り巻きに見方する傾向がある。


「まあマルキも商売をきちんとしているようだし、返済はもう少し待ったらどうだ?」


実際に裁判になったらそんなことを言いそうだ。内済での調停案が裁判でひっくり返るのはあまりいいことではない。だからどうしても領主を忖度して妥当とは言えない調停をすることもある。


今回がそれで、領主のところに持って行ってもマルキの言い分が認められそうだから、かなり少額で長期の返済にする方に傾く。


いまでも十分長期なのだが。マルキはふんぞり返って得意げになっている。店を傾けて借金を増やしている人間がとる態度ではない。


だが俺の方にはまだ切り札があった。

「王国巡回裁判所が回ってくるのは3か月後でしたか、領主の裁判は2か月はかからないでしょうから十分間に合いますね」




 パストーリ氏はまさか俺が巡回裁判所について知っているとは思っていなかったようで、明らかに当惑している。たいていの住民は領主が裁判すれば、はいそうですかと受け入れる。


ただ最近は若年層の方が読み書きは得意だし、俺は最高の知識層である教会と密接な関係があるのだ。


巡回裁判所のことも町の司祭から聞いていた。信仰の方はちっとも興味がないが、教会で得られる知識の方は実に興味深い。




 マルキの方は巡回裁判所と言われても何のことかわからないようだ。ところがその言葉が出たとたんに、パストーリ氏のいうことが変わり始めた。


「マルキさん、領主様があなたの好む判断をしない可能性もあるし、巡回裁判所に上訴されたらたぶん負けますよ」


実は俺にとっても巡回裁判所への上訴は避けたいことなのだ。完全に領主の顔をつぶすことになり、将来嫌がらせをされる可能性がある。


だから内済で、領主のところに行く前にギルドマスターが片付けてくれるならその方がいいのだ。


マルキはパストーリ氏のいうことに全く納得がいっていないようだ。


「こうなったら領主様に判断してもらうしかないな」

もうほとんど破れかぶれである。ただパストーリ氏もそこでは引き下がらない。


「それでは私が領主様に次に会うときに聞いてみます。いきなり裁判にすることもないでしょうからそれをお待ちください。来月までには何とかなるでしょう」


そう言って引き取ってくれたので、両者ともそれでとりあえずは収めることにした。




 俺はすぐにパストーリ氏に接触する。


「あのように言いましたが、早めに決着がつくなら上訴まではしたくありません。領主様には上訴がありうることをそれとなく伝えておいてくれませんか?」

「ああ、そうしないといけないだろうな。まったく面倒な」

「申し訳ありません」

「まあ仕方ないな。このままマルキの望むとおりにしていても見込みはないのだし」


もちろんパストーリ氏は商業の振興を目指している。マルキのやり方ではダメだとわかっているのだ。何とかうまい解決に持ち込みたいと願う。




 パストーリ氏は相談したいことがあるとすぐに領主の家宰に連絡してくれた。


領主の裁判と言っても領主自身が何から何まで判断するわけではない。多くの場合に家宰が役人を使って原案を作り上げる。


ただ家宰が自分の意思で判断するかというと必ずしもそうでもなく、法の中であまりに不当にならず、家の損にもならずしかも領主が気に入りそうな原案を作るのである。


その案は領主がよほど気に入らないものでない限りその通りになる。そこでパストーリ氏は家宰に会い、フェリスとマルキが裁判になりかねないことを相談した。


フェリスの言い分の方がもっともで、意に沿わない判断が出れば上訴しかねないことを伝えたところ、家宰はそれならフェリスの勝ちでしょうと耳打ちしてくれたそうだ。




 パストーリ氏は家宰の話をマルキに伝えるにあたり、フェリスの前だったり、マルキだけだったりすると破れかぶれになりそうなので、マルキの両親と妻も呼んだそうだ。


これなら取り乱しても全員で抑えることができる。なおマルキの父親のマルカはパストーリ氏とは顔見知りである。


そこで家宰の言が伝えられると案の定マルキは取り乱したが、他のメンバーはそれで仕方ないと納得していた。


マルキはそれでも裁判すると叫ぶが、パストーリ氏と両親と妻とに説得される。


「いや、領主様ならこちらの正当性をわかってくださる」

「だから、領主があんたの肩を持ったからと言って、上で覆されるんだ」

「なんで領主様の判決が覆されるんだ?」

「上に国王の裁判所があって全国を回っているんだ。フェリスはそこに上訴すると言っている」

「そもそも払わないといけない金なんだよ。フェリス君が高利を取っているわけでもないし」

「お前みたいな無理を通そうとするのがいるから、上訴なんて制度ができるんだろうな」


前回に上訴の話が出てから、勝てる見込みがなくなったのか、モナプは来ていない。もはやマルキの味方はいないのだ。四面楚歌になって、精神の均衡が持たなくなり全部投げ出してしまった。


結局、妻のカテリーナが店の主人となり、マルキの両親がそれを補佐することに落ちついたそうだ。すぐに俺にも連絡が来た。

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