マルキの横暴(下)
並行の仕入れ先にはドナーティ商会が正常化すればまた減らすことは断っておいたのだが、ドナーティ商会との連絡係となったマルコからの情報でも、直接来所したカテリーナからの情報でもマルキは値段を元に戻すことに同意しなかったという。
カテリーナたちには気の毒だが、マルキを止めないのが悪いし、また止めたら復活すればいいと思っている。
仕入れ先が変わって少し勝手の違うところもあったが、さほどの問題もなく商売は続いている。
だがドナーティの方は大変だろう。いつ音を上げることになるのか。
そうしているうちに変な噂が聞こえてくる。うちが店を出している広場で、約束していない日に商売をしている行商人がいるとの話だ。
「この前の月曜日に、こちらの広場で行商をしていましたか?」
うちではないかと問い合わせがあり、従業員に確かめたがそうではないことが確認できた。よかった。変なことはしていなくて。
他の業者の行商も前には見かけたが、最近はあまり儲からないと別業者はあきらめたと思っていた。
その後、どういうことか判明する。マルコが言うには、マルキが行商を1人で始めてほとんど売れず、仕方なく店の者に押し付けているとのことだった。
そちらの行商の方は、あまり売れていないようだ。それは俺の方がずっとノウハウがあり、そもそも競合して向こうが勝てるはずがない。
しかもマルキの思い付きに散々振り回されてブラック勤務気味の従業員がまた仕事を増やされて、意欲を持って仕事をするはずもない。さらに始めた理由の半分は俺への嫌がらせである。これでは売れる要素がない。
いちおう店を出す日は広場の管理人たちの配慮で別の日になっている。だから俺の店が出ていないためにマルキの店で買うことも十分ありうるのだ。
だが買い物客に聞くとマルキの露店は何か魅力のない行く気の起きない店らしい。どうしても材料が足りなくなったときに買いに行く程度だという。
しかももともと行商はそれだけではたいして儲からないのだ。俺への卸がなくなり、しかも行商はたいして儲からずドナーティ商会は一気に苦しくなったようだ。マルコに聞くと、マルキは当たり散らし、また人が辞めていったという。
そしてとうとう返済のストップを通告してきた。さすがに店に出向いて抗議する。
「契約の中に、返済が遅れたとき、それに商売に重大な変調がある場合はその時点で返済していただく旨の条項があります」
まだ遅れていないが、このままでは遅れるのが確実だ。
「お前が変調だと思えばかってに借金の期限を早めていいなどという理屈が通るか」
「従業員が多数やめて、大きな取引先がなくなれば、重大な変調と判断するのが妥当だと思いますし、だいたい返済が遅れた時点でアウトです」
実は条件を付けた契約で、契約当事者の俺が条件を引き起こしたとなると、微妙なところがある。しかしマルキはそこには気づかない。
「お前が勝手に重大な変調と思っているだけだろう」
マルキは自分の都合の悪い返済遅れについては答えない。それに子ども相手とは言え、取引先をまして金を借りているのにお前呼ばわりするあたりで、もはやまともだとは思えない。
「このままらちが明かないようなら裁判をするしかないですね」
消費者相手の貸借なら相手の保護も必要だろうが、商人相手の貸借なら財産で始末をつけてもらうのは当然だ。
ただ裁判のこととなるとふだん頼りになる店のメンバーも頼りにならない。アーデルベルト氏は少し頼りになりそうだったが、どうなるかまではさすがにわからないという。
「だけど裁判になったらマルキの方が勝ちそうじゃない?」
「うんそうだね。裁判するのは領主で、マルキは領主の取り巻きの取り巻きだから、返済は待つように言いそうだ」
取り巻きの取り巻きというのが悲しい。
「こちらの方に理があると思うんだけどな」
「そりゃ誰だってフェリスの方が正しいと思うが、領主の裁判はそれだけで決まるものじゃないからな」
「誰か領主がどう判断するかわかりそうな人はいないかな?」
「領主と付き合うとなると、取り巻きの商人か商業ギルドのマスターか町長か……」
ギルドマスターのパストーリ氏なら聞いてみることはできる。できるだけ早い時期に聞きに行く。
するとやはり領主は取り巻きの利益のためにえこひいきの判断をすることがあるという。返済自体は認めるにしてもかなり長期になる可能性が高いらしい。
なくても困らない金だが、明らかにこちらに敵対している者に預けておきたいはずがない。
あまりうれしい話ではなかった。さらに他の方向性も探ってみる。何とか裁判で勝つ方法だ。
「あ、もしかしたら司祭様は裁判のことを知っているかもしれない」
そんなことをアランが言う。それはちょっと気になるところだ。
「じゃあ、サミュエル司祭のところに行ってみようか」




