マルキの横暴(上)
ある日きわめて唐突にそれはやってきた。ドナーティ商会の手代がうちにやってきて俺に話があるという。さっそく聞いてみると卸値の値上げの通告だった。
卸売値をドナーティ商会の小売値の7割であるところ8割5分にするという。手代さんはえらく恐縮している。なんでもマルキが相当にお怒りだそうだ。
「大変に申し訳ありませんが、いままでドナーティ商会の小売値の7割で卸しているところ、明日から8割5分となります」
「え? そんな値上げは受け入れられませんよ」
物価が上がっているわけでもないのに、いくらなんでも唐突過ぎる。
「いや、まったく、ごもっともです。私もあまりに理不尽だと思います。しかしうちの主人のマルキがそのように決めて、そうするようにと強く言ってきました」
また、マルキか。まったくあれはダメだ。だが、カテリーナさんは止めなかったのだろうか。
「カテリーナさんはどう言っているの?」
「そ、それが……。奥様は反対なんですが……」
「それでなんでこんなことになってしまったんですか? それがわからないとはいとは言えませんよ」
手代さんは迷っていたが、とうとうあきらめたように、というより吐き出したかったのだろう、つぶやいた。
「じ、じつは、もう決めたことだから、カテリーナ様には話さず、とにかくフェリスに伝えてこいとの仰せでした」
全く呆れかえる。もはや店の中に味方がいないのだろう。それを言えば、すぐに反対されて白い目で見られるのがわかっているから、つまらない策を弄したのだろう。
だが俺が店の者に言えば、もっと恥をかくことになる。先に店の中で話をつけておくこともできないのかと呆れる。
「わかったよ。こちらの方で、カテリーナさんには相談するよ」
手代さんは安心した顔で帰って行った。
予定にないことだが、ドナーティ商会に行かないといけない。明日から値上げでは予約もなしに行くしかない。
わりとこちらの社会は暇だし、だいたい向こうが無茶をした結果だから、何が何でも会わせてもらうことにする。ドナーティ商会について、さっそく小僧さんに要件を頼む。
「大至急、カテリーナさんに取り次いでください」
「は、はあ」
小僧さんは中を見に行ったが、カテリーナは取り込み中のようだ。
「奥様は来客中です。店主でよろしいでしょうか?」
マルキは暇なんだろうが、それでは意味がない。
「マルキじゃ話にならないので、カテリーナさんを早く呼んでほしい」
「申し訳ありません、奥様は所用で少し時間がかかるようですが……」
「とにかく一刻も早く、呼んできてください。さもないと大事になりますよ」
小僧さんが店内に戻るとしばらくして、カテリーナが困惑顔で出てきた。前の用件を無理に切り上げてきたようだ。
「どうしたの? こんなに急いで」
「どうもこうもありません。お宅のマルキが先ほど卸値の大幅値上げを通告してきたのです」
「ええっ?」
「やはりご存じないですか。7割から8割5分への値上げで、明日からだと言ってきています。先ほど手代さんが通告に来ました」
カテリーナは当該の手代を呼んで事実関係を確認する。そして事実だとわかると、うなだれていた。
「本当に申し訳ありません」
カテリーナが謝罪する。まったく妻にこんな謝罪をさせてマルキはどうしようもない。ただ申し訳ないと言われても、こちらも対応の取りようがない。
「それはともかく、これからどうしますか?」
「値上げは撤回させます。経緯はマルコに伝えて毎日お知らせするようにします」
「値上げされたままなら、うちも取引をやめるほかありませんよ」
かなりきついとは思うが、いちおう伝えておく。こちらもあの仕入れ値ではやっていけない。完全にドナーティ商会の中で統制が取れていないのが問題なのだ。カテリーナの疲れ切った様子が気の毒だった。
ここは長期の契約で7割にしておかなかったのが悔やまれる。それから2~3日待ってもマルコからいい連絡はない。仕方がないので、増やしておいた取引先に声をかけてそちらから仕入れることにした。
すぐに並行で仕入れを頼んでいる別の商会に向かう。マルキのしたことについて話し、卸しの増加を要請する。
ただ店によって得意不得意があるようですぐに仕入れができるわけではないらしい。しかも1月くらいはかかるようだ。それまでは面白くないが、マルキから高く仕入れるしかない。
1月ほどはマルキの言うことを聞いて、8割5分での仕入れを行う。マルキはしてやったりと満足していたようだ。
1月もすると他の取引先の体制が整ったので、マルキに通告して仕入れの大半を止めることにした。
商店も得意不得意があり、ドナーティでないと扱えないものもあるようだ。ただこちらは逆に長期の契約がなかったために1週間ほどでとめることができた。




