75. ドナーティ商会の変調(下)
マルコが聴きだしてきた、ドナーティ商会内部の怪情報が続く。
「うちはクラープ町の老舗だぞ。うちに預けておいた方がいいとフェリスを言いくるめられないのか」
「フェリス君に預け金を取り戻すように言った人がいるの。ギルマン氏と言って、元はクルーズンの大商会で経理をしていて、今はフェリス君のところにいる人なの。さすがに手ごわいわ」
「なんでそんなのがあんなところにいるんだ」
「引退して生活には困らないけれど、暇で退屈だったみたいね。フェリス君のところは働く時間も自由に決められるみたいだし、いろいろ新しいことが多くて面白いらしいわ」
「新しいことならうちでもしているのに、なんであんなガキのところに行くんだ」
カテリーナは「あなたのしていることは新しいようでちっとも新しくないの」と言いたかけたが、さすがにそれは言わなかった。マルキの問いには答えず、お金の話に戻す。
「でもフェリス君はうちの事情も分かってくれて、返済は分割でいいと言ってくれているの」
「まあ当然だな」
「元の条件はフェリス君が申し出たらすぐに支払うことになっていたのよ」
マルキはもちろんカテリーナも預け金はせいぜい数十万規模だと思っていた。百万を超えるのも数年以上先だと思っていたのだ。それが1年くらいで1千万を超えてしまったのが異常だったと言える。
「それで月にいくら払うんだ」
「フェリス君からは月に30万返してほしいと言われているわ」
「30万なんか払えるのか?」
「かなりきついわね。あなたの小遣いも減らして、あのちっとも儲からない話ばかりもってくるコンサルも打ち切ってもらうしかないわね」
「そ、それより先に、従業員どもの給料を下げればいいだろ」
「うちはすでにお給料の割に仕事がきついの。これ以上待遇を悪くしたら、みんな逃げだすわ。そうしたらうちなんかやっていけなくなるわよ」
「ああ、そうか。お前が始末しておけ」
マルキは嫌なことになるとすぐ逃げだす。
コンサルのモナプはパラダの紹介で実は領都の商家筋の方を向いて仕事をしていると番頭・手代あたりでは評判だ。
何でそんな人間がドナーティ商会に入り込んだかというと、商会ではすでに誰もマルキを相手にしない。そこに主人だとか中興の祖だとかおべっかを使って取り入りマルキは気持ちよくなっていた。
そのモナプがいなくなれば、いよいよ誰も相手をしてくれなくなる。さらに小遣いを減らされれば近くの商店や飲み屋でいい顔もできなくなる。
しかしカテリーナはそれを断行せざるを得なかった。そもそも返済するための原資がなく、他の費用はすでに削りに削ってしまっていたのである。
それでも余裕がなく、返済についてはフェリスから言われたより少ない月25万とすることにした。
マルキは小遣いが減らされた上に取り巻きだったコンサルのモナプがいなくなって面白くなかったようだ。そしてドナーティ商会の店が売れなくなったのは俺のせいだと言いがかりをつけてきた。
だが俺が店を出すのは町の周辺部ばかりだ。もちろん周辺部の人が中心部に買いに行かなくなったというのはありうる。
そうは言っても町の人口のせいぜい5分の1くらいだろう。しかもドナーティ商会は小売値の6割で仕入れて7割で俺に売っている。
1割分は乗せているのだ。ドナーティが町の日用品の商売をぜんぶ仕切っているなら利益の大半を俺が取り上げることになるが、全くそんなことはない。
他の商会もあわせて10ほどあるので、ドナーティから俺が奪っている客と利益はわずかで、むしろ仕入れで利益をもたらしている。
俺の売り上げが年間1億だとする。ドナーティの店の売り上げが町の商店全体の売り上げの1割とすれば俺がドナーティから奪った客の売り上げは1000万で利益は400万だ。
ところが俺がドナーティにもたらしている利益は俺は行商ということでドナーティの店の11割で売っていてるから1億の11分の1で900万になる。
差し引き500万の利益をもたらしている。俺は他の店から利益を奪ってドナーティには利益をもたらしているのだ。
けっきょくドナーティが売れなくなったのは他の店との競争に負けているからにすぎない。
マルキはほとんど因縁のように卸値を大幅に値上げすると言い出してきた。小売値の7割だったものを8割5分にするような値上げだ。
うちはドナーティの店の11割が売値だから、粗利でドナーティの店の小売値の4割分だったのが2割5分とおよそ4割減になってしまう。
そこから給料だの経費だの固定の費用が引かれるわけなので実際の利益は4割減どころではすまない。経営が成り立つかどうかも怪しくなる。さすがにそんな値上げを受け入れられるわけもない。
実態がないのに交渉次第で何か受け入れさせようという発想はやめてほしい。
実務ができない人で、何かの理由で立場が上だとか、コミュ力があるつもりとかそういうタイプに多い。
実際にはマルキは立場が上でもないしコミュ力があるわけでもないが、立場が上だと思い込んではいるようだ。
いまはマルコやマルクそれにカテリーナとの関係でドナーティから仕入れているが、別に他の店から仕入れることだってできるのだ。
マルキに言っても言い争いになるだけなので、実際の数字や他から仕入れられることも伝えた上で、カテリーナに苦情を出す。やはり以前に仕入れ先を増やしておいてよかった。
「フェリス君のいうことはもっともだと思う。私の方からマルキには言い聞かせるわ」
「だけど伯父さんいうこと聞くかな?」
「言っても聞かないようなら、もう最後の手段しかないわね」
「最後の手段って何をするの?」
「マルキには主人から退いてもらいます」
主人というのはカテリーナの夫という意味ではなくて、店の店主という意味だ。もうとっくにそうするべきだったのだろう。
だいたいドナーティ商会で利益が上がっているのはカテリーナが管理する従来の商売の部分で、マルキが管理する部分は大赤字だ。
俺が言うことを聞かないのを見てマルキは行商に参入すると言い出してきた。子どもでも利益を出しているのだから簡単だと踏んでいるらしい。
俺は完全に迎え撃つつもりだ。だいたい俺が儲けているのを見てとっくに他の商会が手出しをしてきているのだ。
だがすでに俺の商会の方で儲かる所はがっちり抑えているし、いろいろとノウハウを確立してしまっている。
もっと言えば行商だけではそんなに大儲けできる話でもないのだ。結局、他の商会も参入したが手間の割には儲からないとほどほどのところで手じまいしてしまった。
そんな経緯もカテリーナはきちんと知っているのだが、マルキは何も知らない。
評価やいいねやブックマークをいただきありがとうございます。
執筆の励みになっています。




