70. 調理研修とエミリ
回復魔法の需要についていろいろ調べていたとき食品工場の方はケガがかなり多いことに気づいた。あちらは女性従業員も多いが、結構荒っぽい。
大きい包丁も扱うし、火もかまどで使う。それに床が濡れていて滑る。そんなことら結構ケガが少なくないようだ。
また食材も家庭用のように処理されているものなどではない。トゲやうろこなどがついているのだ。
ただそれについてはもちろん回復魔法もいいが、そもそもけがを減らす方が先だ。
けがをしたときの記録をつけさせる。それを見てもトゲ取りと包丁とかまどでのけがしかわからなかったので、もう少し詳細に書かせる。
そうすると見えてくることがある。包丁の方は確かにあるのだが、実は使っている時間に比べるとけがは少ない。
食材の処理では意外に多かった。あまり定型的でないことと、あまり熟練しないのも理由のようだ。
時間をかけることや道具を使うことなどを決める。時間をかけて仕事が間に合わなくなるなら、利益は上がっているので必要なら人を増やせばいい。
利益が上がらないような職場だったらどうするかと言えば、上がるようにするかやめてしまうのがいいのだ。
かまどに関しては職人を呼んでみてもらうことにする。メンテナンスが必要なところもあり、また使い方について思い込みで使っている部分もあった。そう言った小さな問題を少しずつ解決していく。
食品工場のチーフのリアナは俺に介入されて面倒そうだ。
「ケガなんか怖がっていたら調理なんかできないよ」
何か発想が脳筋だ。
「いいかい、けがされたら調理は遅くなるんだよ。回復魔法だってすぐに全快するわけじゃないからね」
本当は労働安全衛生上とか言いたいのだが、通じそうにないので、リアナの興味のある所だけ指摘した。
「そこは我慢して、調理はできる」
「我慢したって作業が遅くなるよね。しかも調理を怖がるようになったらなおよくない」
「それじゃどうしろと」
「利益は上がっているから足りなきゃ人を増やしていい」
「そんな増やしたって無駄じゃないか?」
「今後も商売は拡大するから、むしろ増やしておいた方がいい」
それはかなり自信があった。だいたいまだ実現していないアイディアもいろいろある。
「それから作業とは別に研修の時間を取るんだ」
「そんなの作業しながらの方が実践的で効果的じゃないか?」
「それは研修の時間があまりに長くなるなら効果も薄いだろうが、一定の範囲内ならむしろした方がよくなると思う」
「そんなもんか」
「作業していると考えたりメモしたり繰り返し練習する時間が取れないだろ。それに練習内容が場当たり的になりがちだ」
「場当たり的は研修でもそうなんじゃないのか?」
「いやいや研修は順を追ってまとまった内容が学べるように手順を組むんだよ」
「うわぁ、面倒そう」
「だってリアナはもう他人の上に立っているんだから、そういうこともしないといけないんだよ」
「師匠があれには敵わないと言っていたのはこういうことなのか」
そうか。リアナの師匠のレオーニ氏はそんなことを言っていたのか。ただ調理の方では終始向こうの方が上で、最後はきつい研修までさせられたな。確かに商売の方ではこちらが主導的だった気もする。
ところで研修のことについてリアナと何度かやり取りしているうちに、リアナは代わりにエミリをよこすようになった。
話しているとどうやら管理的な業務はエミリの方が得意なようだ。リアナ相手だと逐一説明してさらに説得までしないといけない。
ところがエミリはこちらの考えていることを理解してくれるどころか、先取りしてくれるくらいだ。
それはたぶん俺が調理については詳しい感覚がつかめていないために具体的な内容に踏み込もうとするといま一つ自信が持てないところ、エミリはリアナほどではないにしろ調理への慣れがあるので、それと管理的な思考が相まって、俺より先に進むことができるようだ。
これならむしろエミリに任せて、俺はサポート役の方がいいのかもしれない。
リアナとエミリの関係についてはプレーヤーとマネージャーの違いがある。もちろん初めからその型だと決めつけて他方をさせないのもよくないが、
それでも人には向き不向きもあり、プレーヤーとして活躍するものにマネージャーをさせるのも逆もいろいろ不幸のもとになりうる。
リアナの方はプレーヤーとしては優秀だがマネージャーとしてはうまくない。エミリの方はプレーヤーとしてはいまいちだが、名マネージャーと言えそうだ。
従業員の方も大半はエミリがマネージメントをしている方がやりやすいようだ。リアナは天才肌なのかわりと思い付きで物事を進める。
少数精鋭ならそれもいいが、多数の人間が絡むときにそれをすると大混乱になる。その点エミリはそういう無茶はしない。
組織を自然に動かそうとするとある特定時点では必ずしも合理的でないことも許容しなければならない。
ただそれをずっと放置するのもよくない。そう言う面倒をこなしていくことになるとリアナよりエミリの方が得意でなんとなく安心できる。
リアナが従業員を指導しようとすると、かなりスパルタになる。それはレオーニ氏の店でそうだったのかもしれない。
ついて行くのがやっとの環境で磨かれることもあるとは思う。だけどそれを全員にするのはあまりうまくない。脱落者が大量に出るに決まっている。
好待遇で次から次に人が来るならそれも可能かもしれないが、俺は好きなやり方ではない。
ある種の選抜された人を好待遇にして強い圧をかけるのはありうると思う。だが多人数を安く雇ってそれをするのはなしだ。
エミリに研修も含めて管理的なところを任せつつ、リアナに調理での先導をしてもらうようにする。
実際にリアナが講師をするにしてもエミリと相談して内容や手順を決めた方が脱落者が出ず、従業員たちも満足なようだ。
そのせいかリアナも前ほど混乱せずにすんでいる。人それぞれ向き不向きがあるから、全く最初からしないのはよくないが、無理に苦手なことをしなくてもいいような気もする。
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