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テキスト作りの準備(上)

 研修を行うにあたってテキストを作りたくなった。ただ何もないところからそれを作るのは大変だ。


日本だとだいたい既存のテキストを買ってくるか、同業他社のものを何らかの形で手に入れることができるが、こちらではそうはいかない。そこで業務日誌を使うことを考えた。



 テキストのもとになる業務日誌についてはかなり早くから俺自身がつけていた。こちらの人より文字を読み書きすることにずっと慣れているのだ。


アランなどは俺がやたらと文書を残すことに戸惑っていた。


「こんなに何でもかんでもよく書けるね」

「フェリスはね、教会で育ったから読み書きにはなれているのよ」

シンディが口をさしはさむ。


「まあでも、ぼくもずいぶん記録はいろいろ書いているよ」

マルコの記録はたぶんコレクションの記録だろう。もちろん学術的には何か採取したときは時と場所と様子を記録しておくのが正しい。



 業務日誌だけだったとしても、学校のように1年のうちのある時期にある特定の業務があるような形であれば生のままで役に立つ。


見返すときにいまと同じ時期だけ見ればいいからだ。それ以外のことはその時期には重要ではない。


だが定常的に同じことが繰り返されるような仕事だと、見返すにしてもやたらと似たような重要度の記述が多数目に入ってつらくなる。


目次や索引でもついていればいいが、実は目次や索引を作るのもそれなりに大変なことだ。




 定型的な業務でないとしても、後から何か振り返るときには日誌はあった方がいい。


記憶はすぐになくなったり変質してしまうからだ。何気ないことでも後から見ると重大な転機になっていることはある。


それが見えにくいことも多いのだけれど。それでも残しておけば後から見直せる可能性が残る。




 そういった記録や整理をすることについてきちんと人や予算をつけるべきだ。


こういうときに暇なときについでにやるようにしても、よほど仕事に余裕がないとそんなことはしてもらえない。


結局、生きた経験がすべて流れて失われてしまうことになる。人の記憶というのはずいぶんいい加減なもので、あとから記録と突き合わせるとかなり違うことは多い。


かなり意識的に記録を取ろうとしないとせっかくの経験が生かせなくなってしまう。






 業務日誌があったとしても、その場で体験した人なら理解できるが、そうでないまして新たに業務につく人には伝わりそうにない。


そこで起こる問題を類型化して整理して、さらにそれに対する対処法なども書き加えてテキストを作る必要がある。どうやって作るかマルコと話し合う。


「研修用にテキストを作りたいんだけど、どうかな?」

「考えたこともなかったよ。……いや、でもいいかもしれない」

やはりこちらの世界では斬新な考え方なのかもしれない。


「商売を1年続けてきたからな。いろいろ問題も起きて、どんな風に対処したかとかどんなふうに対処すればよかったかと考えたかとかまとめたい」

「なるほど、それを読めば見習いでも熟練みたいに対処できるようになるというわけか」

「そこまでうまくいくかどうかはわからないけどね。ただやはり上達は早くなると思う」

「それで誰がそのテキストを作るの?」

「俺が作りたいんだけど、今ちょっと忙しすぎて……」

「忙しい……ね」


なんだその間は。確かにブラックまみれのマルコに比べれば暇かもしれないが、こちらだって忙しいんだ。


商売はもちろん、商会の再編とか、猫なでとか、猫かわいがりとか、猫に添い寝とか、猫に餌とか。猫が多いのはこの世界の最重要業務だからだ。それは俺と神以外は誰も知らないが、完全な神意である。


それはともかく、新しいことを考えようとするときは十分に時間があった方がいい。あまり追いまくられていると、いい考えが浮かばない。むしろ暇くらいの方がいいのだ。すべてちゃんと理由があるのだ。


「アランに書いてもらうのはどうだろう? 彼は講師もしているし」


「アランかあ、そういうのは彼にはあまり向いてないと思うよ。

アランは毎回言うことが違うからね。もちろん話を面白くしようとしたら、その場に合ったちょうどいいことを言わないといけないから仕方ないのだけれど、テキストの場合はそこまで行き当たりばったりだと困る」


「そんなに一貫性がないかあ? 研修任せておいて大丈夫かな?」

「だけど話は面白いし、大きく間違ったことを言っているわけじゃないし、みんなの心をつかんでいるから大丈夫だよ」


間違ったことで心をつかまれると困るが、大きく間違ってないならまあいいのか。


「そうしたら、だれに頼めばいいのだろう」

「カミロはどう? 彼はこういうのうまいと思うよ」

「カミロは商売の経験が少ないからなあ」


いちおうそつなくこなすのだが、なんとなく商売が得意な感じでもない。


「でもさ、今回の場合はすでに記録があるわけだから、むしろ文書の整理の仕事だよ」

「そうか、確かにそうだな」


そう全く新しい道を切り開いていくのと、すでに誰かが通ったけれど通りにくい道を多くの人に通りやすいように整備するのと、仕事の内容も求められる能力も違う。


確かにカミロがかなり向いているような気がしてきた。彼は理屈を考えて整理したり一貫性を持たせたりすることができる。アランは理屈の方はしっちゃかめっちゃかだ。


「だけどカミロだけだとなあ」

「そうだね」


カミロだけだとまた理に走りすぎたり無理が出たりしそうだ。別に1人で作らないといけないわけではない。


「ジラルドもつけよう」

彼は常識的だから、たぶん無茶をとめるだろう

「それがいいかもね」


実用書は理屈がないとその場限りの話が続き冗長でダラダラ何を言っているかわからないものになりがちだが、理屈だらけでもまた実際の場面から遊離したものになるので、複数の目で見て作ってもらえればいい。


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