60. 商業ギルド(下)
マルキはこちらにかなり敵対的なうえに、身内に対してとはいえうちへの卸をやめるような発言をしていたことは問題だ。
マルコたちへの遠慮で仕入れはドナーティに限っていたが、そこまで遠慮する必要はないように思えてきた。というよりいきなり止められることを考えたら、安全のためにもほかの商会にもつながりを作っておいた方がよい。
ただこのことをマルコに言うのが心苦しい。かといって、言わないで後でバレるのはかなりつらい。
言うこと自体は構わないのだが、マルキがうちのよそからの仕入れを知ったときにマルコを問い詰める可能性がある。その時にマルコがうちのよそからの仕入れを知っていてマルキに黙っていたとなるとことが面倒になる。
どうしたものか少し悩んだが、マルコの父親かつマルキの弟でセレル村にいるマルクに相談することにした。マルコにマルクにマルキの妻のカテリーナにみんな親切で基本的に問題なのはマルキだけなのだ。
「マルクさん、ちょっと今日は折り入ってご相談があります」
「なにかい、大商人のフェリス君でも解決がつかないことかい」
いきなりジャブが来る。確かにマルクより商売の規模は大きくなっている。とはいえ、マルクの商売が大きくないのは村にいるからだし、それは村にとってはなくてはならないものだ。
「それが……実は、マルキさんがどうもこちらを面白くないようで。身内に対してですが、卸を止めることもあるなんて言っているらしいです」
「まったく……あの馬鹿は……」
マルクは心底呆れているようだ。
「まだ直接言ってきているわけではないですし、カテリーナさんもいるから、すぐにそんな馬鹿なことにはならないと思いますが……」
こちらも馬鹿と言ってしまった。確かに馬鹿なんだけれど。
「ああ、もしそんなこと言って来たら、全力でとめるからこちらにもすぐ伝えてくれ。だいいち、フェリス君との取引がなくなったら、どれだけ利益が減るのかわかっているのか?」
「はあ、どうなんでしょうね。なんか変な人たちとも付き合っているようですし」
「あれか、パラダたちだろう。あいつらもろくな商人じゃないというのに」
「それでご相談なんですが、ちょっと他の仕入れ先も開拓しようかと思っています。ドナーティさんを減らすつもりはありませんが、さいわいうちは売り上げも増大しつつあるので、増大分はほかの商会にしようかと」
「まあ、安全策としてはいくつか取引しておいた方がいいよな。それに条件のいいところからの仕入れを増やすこともできるし」
「ええ、価格の方は見直してもらっているのでそれほど問題ありませんが、安全性の方がどうにも怖くて……」
「まったくくだらない感情で取引先を失いかねないなんて商人の風上にも置けないな」
「それで、そのことをマルコに言うかどうかです。伝えた方いいような気もしつつ、マルキさんにばれたときにマルコが問い詰められる可能性が高いので、迷っています」
マルクは少し考えこんでいる。だが、何か決意したように話し始めた。
「いや、相談してくれてよかったよ。それならマルコに伝えてくれていい。ついでに口止めもしておくんだよ。
マルコだってそれくらい知らないふりもしなければいけないし、いくらマルキでも折檻まではしないだろう。
いざとなったら両親にも話してマルコは守るから安心して自分の商売をするといいよ」
「わかりました。マルコに伝えます」
相談してすっきりした。やはり人間関係は面倒だ。商売とかそういう現象のことだけ考えている方がなにか健全な気がする。
家に帰ってさっそくマルコに話すことにする。
「ちょっと面倒な話があるんだけど、いい?」
「え? なにかな?」
「実はマルキさんがどうもこちらのことを面白くないらしい。それは知っているよね」
「うん。そうだね」
「それで商会の中で俺への卸を止めるなんてことも言ったらしい」
マルコはちょっと苦しそうだが、持ち直して答えた。
「まあちょっと文脈は違うけれど、それに近いことは言っていたね」
「それでなんだけど、安全のためにドナーティ商会以外とも取引しようかと思う」
マルコは少し驚いている。安心させるためにそれほどの量でないことを続ける。
「いや、ドナーティ商会との取引を減らすつもりはないんだ。いま増加している分を他に回して、少し分散させようかと思っている」
「それは何で?」
「さっき言ったように安全のためだよ。マルキさんから卸を止められたときに、いきなりほかの商会に行っても相手にしてもらえるかどうかわからない。
相手にしてくれたところで、次は十分な量を確保できるかどうかわからない。それならあらかじめ少しでも取引しておいた方がいい」
マルコは悩んでいるのか黙り込んでしまう。ちょっと話の糸口をつかもうかとマルクさんの話をする。
「ちょっと悪いと思ったけれど、先にマルクさんに相談したんだ」
「え? 親父に?」
「うん……、迷ったんだけど、マルキさんの手前、マルコがこのことを知っているとまずいことになるかもしれないと思ったから」
「ああ、なるほど。それで、親父はなんて?」
「安全策としては取引しておいた方がいいと」
「そうかあ」
マルコは少し戸惑っている。それは、わかっていたこととはいえ、マルクさんがマルキを見放したことになるからだろう。
「いちおうこのことはマルキさんには黙っておいてほしい。それよりいっそのこと知らなかったことにした方がいいと思う」
「うん、わかった」
いちおうマルコにも伝えておいたので、さっそく取引先を探すことにした。
そこでどこと取引するかだ。例の領主の取り巻き組はこちらにあまり好意的でない。分断の意味で取引することも考えられるが、マルキに伝えられると面倒だ。やはり避けておいた方がいいだろう。
そうすると次は土着組だ。かといってどこに取引を持ち掛けていいかわからない。ただこういう時こそ商業ギルドの出番だろう。
分担金払って嫌味やくだらない演説だけ聞かされるのではかなわない。マスターのパストーリ氏は割と実直そうな人なので相談するのがよさそうだ。
そういうわけで、相談に行くと、3つほど業者を紹介してくれたので、口止めしたうえで全部に取引を持ち掛ける。あくまでも少しずつだ。
よそから仕入れることになれば、うちの倉庫にドナーティ以外の馬車が来る。それをマルキがかぎつけたとき問題になるかもしれない。
ただうちがドナーティの同業者の問屋から買い付ければマルキは面白くないだろうが、生産者から直接買い付けるのはマルキだって許容するだろう。
だから生産者からの振りをして、マルキが何か聞いてきてものらりくらりとかわせばいい。別にバレたところで、多少うるさいことを言われるかもしれないが、大した被害もない。
これでマルキが卸しを止めて来てもしばらくすれば対応できるようになるだろう。
ところが実はマルキはとても止められるような状況ではなかったことがずっと後になってわかった。




