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モンスタークレーマー(下)

 報告を受けていたクレーマーは、目の前で自分はシルヴェスタ氏の飲み仲間だと言っている。だが俺は酒も飲まないし、こんなのは知らない。


「これだけ手広く商売をしているんだから、シルヴェスタ氏は君にとっては雲の上の人だろう?」


確かに雲の上の遠い宇宙というより異世界から来た人間だが、俺にとっては俺でしかない。


どうせこいつは他でもトラブルを起こしているだろうと踏んで、自警団を呼んできてもらうことにする。


こっそり補助の店員に耳打ちして、しばらくこちらはクレーマーと話をして時間を稼ぐ。こういう時に少し人の余裕があるといい。全くワンオペで回しているととっさの事態に対応できない。




 それからしばらく商会長の知人だというクレーマーと無意味な会話を続けていた。15分ほどして自警団の人がやってくる。


自警団の人は事情を分かっていないので、今までのやり取りを確認するように繰り返す。


「うちの商会長のシルヴェスタをご存じでしたか?」

「そうだよ、何度も言っているじゃないか、彼とは懇意にしていると」

「お客様のおっしゃるシルヴェスタはどのような人でしたか?」

「君は、自分の商会の長も知らんのか?」

「いえ、お客さんのおっしゃるシルヴェスタと私の知るシルヴェスタがどうも異なるようでして」

「は? 何を言っているんだ。シルヴェスタ氏に失礼だろう」


どっちが失礼なのかわからない。




 そろそろいいかと思い正体を明かすことにした。


「私がフェリス・シルヴェスタです」


クレーマーと自警団員は狐につままれたように目を白黒させている。そこでクレーマーはわけのわからないことを言いだす。


「ああ、息子さんだったかな」


商会長の飲み仲間だという設定から作り上げた嘘なんだろう。


「いいえ、私が商会長のシルヴェスタです」

相変わらずクレーマーは目を白黒させている。自警団員が周りの店員に視線で確認するとみなうなずいている。


「いやいや、そんなはずないだろ」

クレーマーは往生際が悪い。


「こちらがサミュエル司祭から頂いている紹介状です」


紹介状には次のようにある。

「セレル村のロレンス・シルヴェスタ司祭のもとで育ち、教会の篤実な信者で、若年ながら豊富なアイディアと類まれなる実行力を持って、シルヴェスタ商会を率い、云々」

とちょっと気恥ずかしくなるようなことが書いてある。


教会の篤実な信者であるところは怪しい。あの神が存在することは毎日のようにクロのもとに出入りしてうっとうしくて仕方ないので認めるが、ありがたいとはちっとも思っていない。だけど教会にはそれなりに寄付しているから篤実ではあるのかもしれない。




 クレーマーは次から次にわけのわからない言い訳で口を回していたが、いまは目を回している。なんとも気まずそうに眼をそらし、あわあわと混乱している。もはやいい抜けもできなくなった。


「それでお客様の会っているシルヴェスタがだれか他の者の騙りで何かの詐欺に巻き込まれている可能性もあります。ここは自警団の詰め所に行ってゆっくりとお話ししましょう」


相手はどうも逃げだしたいようだったが、うちの店員と自警団員に囲まれて逃げられそうにない。俺と自警団員で両側から挟んで詰所まで連れて行った。




 あれほど威勢の良かったクレーマーは詰所に連れられて行くと黙りこくっていたが、自警団員がこの地区の住民の組の組長に面通しして特定しようと言い出すと、しぶしぶ話し始めた。


そこで取り調べをしている団員が若い団員に指示して家族を連れてくるように言う。


別の団員が一家のことを思い出した。なんでも役場の勤め人の家でその役人の弟だという。奉公や弟子入りでも長続きせず、兄の伝手でこまごました日雇いのような仕事をしているそうだ。嘘ばかりついているので、誰も相手にしてくれなくなったとのことだった。


しばらくして自警団員が家族らしい人を連れてきた。


「あんた! また何かしでかしたの?」

威勢のいいおばさんがやってきて、来るなりクレーマーにビンタを浴びせる。聞くと兄嫁だという。

「今度は一体何をしたんですか? こいつは!」


商品に欠陥があったとクレームをつけて値段以上の賠償を求めてきまして……と言い終わる間もなく、大声が張り上げられた。


「あんたっ! あんたみたいなごくつぶしがいるだけでも恥ずかしいのに、犯罪までされたらここにいられなくなるじゃない!」

ご説ごもっともだがおばさんの行動もなかなか恥ずかしいように思う。それにこれじゃクレーマーもいたたまれないだろう。



 いちおう理由も聞いてみた。だけど何か聞いててむなしくなるような理由ばかりだった。

1. 偉い人の知り合いになったつもりになりたかった。 → それ楽しくもなんともなかったでしょ。

2. 自分の意思を押し通してみたかった。 → それも楽しくないでしょ。

3. 何か店からよくしてもらいたかった。 → そんなせこいしてもたいしてお得でないし満足できないでしょ。


こちらとしては意外なことに多額の金銭を取りたかったわけでもないらしい。



「まったく恥ずかしくて店にも行けなくなるわ」

「いえいえ、お客様でしたら歓迎いたします」


怖そうだが、いちおう持ち上げる。そしておばさんは自警団員相手にもまくしたてる。

「もうこんなのの面倒を見るのはうんざりです。鉱山でも何でも送ってください」


かなりの無茶を言う。さすがに明確な犯罪で、裁判にでもならないとそれは無理だ。


自警団員もクレーマーよりおばさんの相手に困って何とかそれはできないと説いていた。あの義姉と義弟で平仄があっている気もする。



 かなり面倒だったが、まだお金を取られておらず、被害も多くないのでもう二度とうちには関わらないことで決着をつける。


もちろん俺たちも店員も無駄な労働をさせられた上に不愉快だった。ただそれを賠償として金銭的に見積もるのは難しい。


ほとんど恐喝だからきちんと処罰を求めた方がいい気もするが、それも面倒がある。商売上のよくあるトラブルの延長線上でしかない。


「今後は当店をご利用になられませんようお願いいたします。つきましてはこちらの念書にご署名ください」


今後はシルヴェスタ商会の店を利用しない旨の念書にサインを求める。


本人は嫌がっていたが、これ以上続けるなら賠償問題にするとこちらから求められ、また兄嫁に促されてクレーマーはしぶしぶ署名した。




 念書は取った。ただ俺やカミロやジラルドならこのクレーマーが店に来たことがわかるが、他の店員だとわからないかもしれない。


とはいえ俺たちのいないところでクレーマーが店を使ってもさほど問題にはならないだろう。クレームがあると確かにその場では迷惑だ。


だが今回念書を取っておけば、トラブルが起こっても念書の協定違反ということで片付く。本部に回されればその時点でクレーマーの負けだ。


つまり相手はこちらに強く出られない。店をこっそり使うくらいはするかもしれないが、それ以上のことはもうできないだろう。それ以上のことをすれば今度は間違いなく処罰だ。



 今回の騒動でさんざん疲弊させられた。この後はマニュアル作りだ。それくらいは今回の事件で進歩するのだろう。


それは後回しにして、さっさと家に帰ってクロのいるベッドにダイブすることにする。


疲れたときは猫をなでるに限る。ああ、君が癒しだ。あの猫オタの神がクレーマーまがいに余計なことを言ってきそうだけれど。

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