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モンスタークレーマー(上)

 ある日に本部にいるとカミロが妙なことを言ってきた。


「フェリスさん、北部の第3地点に、40代くらいの男性客でフェリスさんの知り合いと称する人がいましたが、心当たりはありますか?」


そう聞かれたがあまり心当たりがない。なお第3地点の言い方は行商先を店舗をもとに再編したときに振ったものだ。


「いや、わからないな。どんな人?」

「さほど背が高くなくて、やややせ形で、髪は周辺部だけ残っていて、少し早口でまくし立てる人です」

「名前は聞かなかったの?」

「それが……名前は聞きましたが、それには答えず、シルヴェスタ君の知り合いだというだけでした」


シルヴェスタは育て親のロレンスからもらった俺の姓だ。商会の名前にもなっている。

ただその人物のことはよくわからない。とりあえずどんな人か様子を聞いてみよう。


「それで、その人が何かあったの?」

「それが、列に割り込みをしたり、野菜など商品のことを必要以上に細かく聞いてきたり、いろいろ迷惑な客でした」


あらら、痛い客か。それは俺の知り合いというのも怪しいな。商会の名前からかってに推測しているだけだろう。


「それでどうしたの?」

「割り込みについては元の位置に戻ってもらいました。商品のことはわかる範囲ではこたえて、あとは本部に聞いてほしいと伝えました」


まあ妥当な対応だろう。カミロはときどき妙に原理原則で動いて相手とかみ合わないことがある。


ただ容姿のせいなのか話し方のせいなのか、あるいは本人が熱くならないせいなのか、たいていトラブルにはならない。





 その時はそのままになってしまった。ところがまた同じ人物と思われる報告が上がってきた。今度はジラルドの番だった。


ジラルドの話す容貌からしてまた同じ人物と思われる。その人からは玉ねぎが痛んでいたと苦情が来たという。


ただジラルドがいつ買ったのかなど聞いても、そんなのは覚えていないと突っぱねられたそうだ。


うちで売った物かどうかは怪しいらしい。こういう時にレシートがないのはやりにくいと言えばやりにくい。この時代では仕方ないことだけれど。




 ともかく相手がいちおう傷んだ玉ねぎを持ってきているので、ジラルドはとりあえず謝罪し、交換か返金で対応しようとしたという。


ただあいにくその日は店の方で玉ねぎを売っておらず交換はできなかった。そこで返金しようとしたが値段がわからない。


野菜なので仕入れの状況によって値段が変わるので仕方ない。たった1つだったので少し多めになってもいいとの方針で返金を申し出たとのことだった。


それはそれで仕方ないように思う。ジラルドらしい常識的な対応だ。ところで話は横にずれるが値段は記録を取ってもいいかもしれない。


いろいろ動きがあれば後で見直して商売上の意思決定に使えるかもしれない、などとその時は考えていた。




 話を戻すとその相手はそれでは納得しなかったという。店の落ち度で、使いたいときに使えなかった。


しかも返品してこんな面倒な目に遭っている。これでその金を返すだけでは割が合わない。誠意を見せろと相手はまくしたてて来たそうだ。


誠意を見せろというのもチンピラかヤクザじみた言い回しだ。単なる恐喝に過ぎないが、物事がわからない人間は誠意なんて言葉で何かいいことと思うのかもしれない。


「こんなやり方、ありえんだろう」

そういって、相手はジラルドからの申し出を断る。具体的に何を求めているのかと尋ねても、誠意を見せろという。


自分からは言い出さない恐喝の手口にしか見えない。結局ジラルドは

「これ以上の金額は私の権限ではお支払いできません。つきましては後日責任者とともに伺いますので、ご住所とお名前をおっしゃってください」

「いやこちらも忙しいからここでカタをつけてほしい」

「それはできませんので、お住まいとお名前を」

「こっちはな、お前さんのところの商会長を知っているぞ。シルヴェスタさんだ。そちらに直接話してもいいんだぞ。そうしたらお前の失点になるな」

「わかりました……」


そこでクレーマーの方は期待するが、ジラルドは俺がそんな理不尽な対応をするはずはないと考えてくれたらしい。


「商会長のシルヴェスタの判断を仰ぎましょう。お名前と連絡先を」


けっきょくそのクレーマーは住所や名前を言いたくなかったらしく、すごすごと引き下がって言ったとのことだった。





 ジラルドが俺を信用してくれて、きちんと対応してくれてよかった。そのことは本人にはっきりと伝える。


下手に金を出してその場を収めてしまうと、また集られることになる。もしかすると他の集りにも狙われるかもしれない。


ところでジラルドは正社員だから対応できたが、バイトだとなかなか難しいようにも思う。権限がさらに小さいからだ。今後はきちんとマニュアルも作って、対応を全部正社員やあるいは本部で行うことにした方がよさそうだ。


何でもかんでも現場任せでは本部がある意味がない。昔いたなあ、考えるのが面倒なのか責任を取りたくないのか全部現場任せにする上役が。


それはともかく、同じ仕事をしていて給料の格差がつくのはおかしな話だ。正社員の方が責任が重いとか勉強しなきゃいけないとか負担が多くなり、バイトの方はそれらが少ないのが妥当だろう。この問題が片付いたら早々にマニュアルを作ることにしよう。



ところでふだん常識人のジラルドの方が遠い宙を見ているカミロよりトラブルに巻き込まれてしまったようだ。


クレーマーから見るとジラルドの方が与しやすいのかもしれない。カミロ相手だと取り付く島がないんだよな。


それがいいのか悪いのかよくわからないが。





 まだ俺も本部に引きこもったりせずに行商に出ているので、そのクレーマーが出そうな北部第3地区への行商にはついて行くことにした。


そして何回かそこで行商していると、どうやらカミロとジラルドが言っていたらしいクレーマー客が現れた。


今度はジャガイモが痛んでいたらしい。前回は玉ねぎで今回はジャガイモで、カレーはまだスパイスが高くて見たことがないので、シチューでも作るのだろうか。


そして前に撃退されたカミロとジラルドがいないので因縁をつけてきたのだろうか。見かけだけなら彼らより若いから、与しやすいと思ったのかもしれない。中身はおっさんだけど。


「前に他の店員にも言ったけどね、誠意がないんだよ、君たちは」

「はあ、誠意とはどのようなものでしょうか?」

「きみねぇ、お客様は神様だろ。誠心誠意尽くすべきなんだ」


自分で神だという人間が本当にいるんだと呆れるよりも感動する。もっとも本物の神もそれほど上等なものじゃないけれど。


「はあ、神様は教会にいるのではないかと」

「小僧さん、お客様の言うことははいそうですかと聞くもんだよ。いいかい僕は君の商会の幹部に知り合いがいるからね」

「どなたでしょうか?」


反問があると思っていなかったらしい。おっさんは少し戸惑った様子で返してきた。


「商会長だよ。商会長のシルヴェスタさんだ」

「シルヴェスタは確かにうちの商会長ですが……」

「彼とはときどき飲みに行く仲でね」


商会の名前からかってにそう思っているのか、それとも俺とは別の誰かがかってにシルヴェスタを名乗っているのか判断がつかない。その判断ともう少しおちょくってやろうかとの遊び心で、もう少し会話を続ける。


「あいにくシルヴェスタはあまり酒が得意ではありませんが」

「ああ、そうだったね。だけど僕とは飲むんだよ。それくらい親しいんだ」


こいつが嘘つきなのか、それとも俺の名前をかたってこいつをだましているのか、たぶん前者だろうが確信が持てない。ただ明らかにおかしい客だから十中八九こいつ自身が嘘つきなんだろう。

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