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55. アレックスと弓(上)

 シンディはアレックスが落ち込んでいるのを見て自信をつけさせるためか、俺に相手しろと言ってくる。


「ほら、フェリス相手してやりなさい」


それもずいぶんな話だと思う。とはいえ逆らえず試合するが、さすがに俺相手だと向こうの方が強い。


終始向こうが優勢で、しばらくすると俺の剣が手から落ちてしまう。そこで降参だ。


「十分強いじゃないか」


そう言ってもアレックスはあまりうれしそうでもない。そりゃ週1で義務的に道場に来ている俺に勝ってもうれしくないか。


「まあフェリス相手ならそんなものかもね」


シンディはいちいち余計なことを言う。さらにこちらにも向かってきた。


「あんたは年下に負けて悔しくないの?」


そんなこと言ったってね。剣は俺の本業じゃないし。





「俺だけじゃなくて他の生徒相手だって勝っているじゃないか」


そう言っても、アレックスにはあまり響いていないようだ。俺に言われてもあまり説得力はないかもしれないが、これでも商売では店主なんだぞ。


俺の方は剣の道はあきらめた方がいいと思うが、アレックスの方はまだまだ先があると思う。そんなにすぐに決めなくてもいい。だいたい俺の方はそもそもその道に進んでいない。




シンディあれは別物だから。2歳か3歳から剣を振り回していたらしいよ」

「いや、俺も2歳か3歳から剣を持っていた」


全く剣術師範というのは子どもにそんなことさせるのばっかりか。


「武道家だっていろいろなタイプがいるでしょ。槍をしたっていいし、弓をしたっていいと思うぞ。……まあ剣もほどほどにした方がいいことは認めるけど」


なにか後ろで怖い気配を感じたので、いちおう付け加えておく。そう言ってもアレックスはあまり納得していない。


「フェリスは弱いし、負けてもあまり悔しそうじゃないから」


まあ確かにあまり悔しくない。そんなものだと思っている。そんな調子だからうまくならないのだとは思う。




 いや本当の俺は強いんだぞ。正面から闘ったら絶対に勝てないけど、ギフトを使って寝込みを襲ったりすれば絶対にこっちが勝つぞ。……とは言えないし、言ってもむなしくなりそうだ。


それだけじゃないぞ。商売では俺の方がずっとすごいんだぞ。こっちは言ってもいいような気がする。まあ言わないけど。





「そりゃ剣では俺はシンディにはちっとも敵わないけど……、弓なら……やっぱりシンディの方がうまいけど、でもお前が練習すれば弓ならシンディをすぐに抜けるぞ」


それには少し反応していた。だいたい人を指導するときには早いうちに何か手ごたえをつかませた方がいい。




 アレックスは半信半疑ながら弓の練習に少し重点を置き始めた。剣が嫌になっていたのもあるのかもしれない。


父親のカスパーは息子のやりたいようにやらせている。やはり息子相手に少し気まずかったようだ。オッサンどうし話し相手になってやりたい気もするけど、この外見ではそうもいかない。




 さてアレックスの稽古も2週間ほど続けていると、俺が見てもなんとなく立ち方が様になってきている気がする。


「どうだ? 少しよくなった感じだけど」

「うーん、よくわからない。よくなっているのか?」

「当てた記録をつけてないのか?」

「え? 何それ?」


そういえば記録をつける習慣がないような気がする。紙が高いのもあるが、そもそも何かを書くことが少ない。それに剣をしている者の間には物を書くことを少し馬鹿にする風潮もあるようだ。


「矢を射た回数と当てた回数を毎日書きつけておくんだ。たぶん練習すればするほど当たりの率が上がるから」


実はこの社会だと割合の概念を知っている人が少ない。もちろん競技で比べるとなれば分母つまり打つ回数を同じにすればいいだけなんだけど。


「フェリスは自分が上達することを考えた方がいいんじゃないの?」


シンディが横から口を出す。まあそうなんだけど、俺にとっては商売が本業で、武術はおまけなんだよな。だけどアレックスにとっては武術が本業だから、やはり俺が上達するよりもっとシビアな問題だと思う。



「じゃあシンディ、12回射て7回当たったのと10回射て6回当たったのでは、どちらがうまい?」

「え? なにそれ? えーと、あと2回で1回当てればいいから……」


初めから道筋が間違っている。とうぜんしばらく考えても、答えが出てこない。割り算はけっこう難しいし、割合はもっと難しく、こちらの社会ではできる人は少ないのだ。


「わからないわ」

「割り算すればいいんだけど、それは紙がないとやりにくいから。12回で7回はそれぞれ5倍して60回打って35回当たる。10回で6回ならそれぞれ6倍して60回打って36回当たる。だったら10回で6回の方が上だ」

「なんで5倍したり6倍したりするの」

「正確には公倍数というんだけど、要するに打った数を同じ60にするためだよ」


考えたら公倍数は素因数分解できないときちんとは理解できない。日本なら中学レベルだ。日常のことでもそれなりに難しい概念が必要なんだと思う。


「まあいいわ。そういう難しい計算はフェリスに任せておくから」


シンディだって今は商人なんだから、計算ができてもいいと思うんだが。


「フェリスすげえ」


アレックスの方は素直に感心している。意外な効果があった。年上なのに剣が弱いフェリスより、計算はできるフェリスの方が少し説得力があったらしい。


そのおかげなのか、俺に勧められた弓を本格的にしてみようという気になったらしい。




 父親のカスパーにもそれとなく伝えておく。


「アレックスが少し弓をする気になっているみたいです」


いつもいかついカスパーの顔が少し緩んだ気がする。


評価とブックマークといいねをありがとうございます。

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