魔法の手習い(下)
俺は回復魔法も上達したい。今も回復魔法はごく初級のものが使えるが、あくまでも手当程度のものだ。
もっと前世の漫画の『ブラックジャック』が患者を治すような回復魔法が使いたい。さいわい例のエネルギー保存則の上ではさほど問題ない。
ひと1人の体を回復するなど、大火や大風を起こすようなエネルギーは使わないからだ。ただ何人もとなると、やはり事情は変わってきそうだ。
回復魔法は体のイメージと回復のイメージを持って、魔力を患部に注ぎ込むことで実現する。
体のイメージは正解があるようでわりとみな同じというより実際の体の様子に近いようだが、回復のイメージの方はけっこう人それぞれのようだ。
症状にもよるのかもしれないが、温かくなるとか冷たくなるとか血が通うとかずいぶんいろいろなパターンがある。
体のイメージについてはこちらの世界は解剖学がまともに発達していない。おそらくそれをしようともしないのだろう。地球でも広まったのはルネサンスくらいだった覚えがある。
とはいえ狩りをする人は多く、動物の解体はけっこうしているので、その意味では体の中のことを正しくとまでは行かないが、まあまあイメージすることは難しくないようだ。
回復魔法は練習がしにくい。わざわざ人を怪我させて練習するわけにもいかない。なおクロは日本にいたころはよくけがしてたが、今はもちろん神の加護でけがなどまるでしない。
回復魔法の練習は師匠が横について練習生がけが人の治療するのを指導することが多い。
回復魔法はそれを受けたために他の治療の機会を失うくらいしか悪いことはない。だから練習中の者が使ってもそれほど倫理的な問題が発生するわけでもない。
大規模な狩りや盗賊の大捕り物などあるとけが人が多く出るので、いい練習の機会になる。魔法の指導者はそういうイベントの情報を集めているようだ。
逆に狩りや捕り物の実施側はけが人を安く治療してもらうために魔法の指導者に情報を流す。あるとき大捕り物があって、その日は魔法塾の日でないのにバーバラに呼び出されたことがあった。
「いいかい、体と回復のイメージだよ」
俺自身は子どものころから回復魔法を使っているので、慣れていないわけではない。次々とけが人を治療していく。
軽傷のものについては割とサクサクと治して、バーバラもそれでよしと言っている。
重体まで行くとさすがに初心者の練習台にするわけにもいかないが、重傷くらいだと練習に回ってくる。
「じゃあ次は、こちらの彼を治してみな」
20代半ばくらいで、盗賊にやられたらしい。結構痛々しいけがだ。10歳の子が魔法をかけるというので不安そうにしている。
何とか集中してかけてみる。患者は少しうなったが、しばらくすると傷跡は少しふさがったようだ。
「まあまあだが、もう少しできるね」
そう言われて、もう少し奥の方を意識して魔法をかけてみる。変化がなくなったところで、バーバラにどうかと聞いてみる。
「さっきよりはいいが、まだできるね」
もう一度やり直しだ。イメージを練り直して、また魔法をかける。けが人には少し気の毒だが、いい練習になっていると思う。
「これでどうですか?」
「まあ、こんなものかね。あたしが仕上げをしてやろう」
そういうとバーバラは手早く魔法をかける。見た目にはよく違いが判らない。
「わかるかい?」
「いえ、よくわかりません」
「切れたところが元のようにきれいにつながるようにした方が治りが早いんだよ」
「これから気を付けます」
とりあえず治療が終わり、兵士のもとを後にすることになった。
「バーバラ様もお弟子さんも、どうもありがとうございました」
と礼を言われる。それに会釈をして、バーバラの方に聞く。
「どうしたらうまくなりますか?」
「そりゃ練習だよ。あたしゃ、もう何千何万も診て来たんだからね。けががありそうなところはどんどん行きな」
世の中の役に立つとはいえ、傷口を見なければならず、なんとも痛そうな練習だ。
少しぶらぶらしていると、ちょうどいい題材があった。盗賊たちの方だ。兵士よりももっとひどいけがだらけだ。
そういうわけで盗賊たちが転がされているところに向かっていく。番をしている兵士に、断りを入れる。
「盗賊に回復魔法をかけたいと思いますが、いいですか?」
兵士は戸惑って上官に問い合わせている。上官が来て話す。
「こいつら盗賊だぞ」
「盗賊でもけがをしているので」
「痛い目に合わせておくのも罰だからな」
まあ、そういう考え方はするのだろう。
「まあまあ、罰は重労働させればいいわけで、健康な方がさせやすいでしょう。俺も魔法を使いたいので」
魔法を使いたいの部分は、治したいと練習台にしたいとどちらにもとれるようにしておく。上官はバーバラとも話して、弟子の練習になるならよかろうと許可してくれた。
そこで盗賊に近づいていく。盗賊の方は子どもが近づいてきたので、怒鳴りつけたりしてくる。
俺は中身がおっさんだし、ろくでもない上司に怒鳴りつけられて適当にやり過ごすことも覚えているので、それほどこたえない。
「これからけがのある人に回復魔法を使います。まあ痛みが少し和らぐくらいはあるので黙って受けてください」
そう言うと盗賊は戸惑っている。俺が盗賊の被害者で逆に攻撃でもされるのではないかと疑っているらしい者もいる。
それでも魔法をかけていく。いちおう精神集中はしているが、人数が多いので流れ作業となる。
10数人いたが、とりあえず傷はふさぐことができた。さすがに魔力を使いすぎてフラフラになった。
バーバラは
「まあ、物好きだね」
などと言っている。
この辺は俺の方が前世で先進国の人権意識の洗礼を受けているからだろう。盗賊相手でも無駄にけがを放置するべきでないと確信している。
もう少し丁寧にできればよかったが、それでもかなりの練習になった。場数を重ねてなんとなく傷のイメージがわいたし、その結果として魔法のかけ方がうまくなった気がする。
無駄な魔力は使わずに済むし、回復も早いようだ。深い傷でも以前より治りが早い。バーバラの言う通り練習の成果だろう。




