魔法塾に行く(下)
魔道具屋兼魔法塾の店の外観は何かうらぶれた感じで近寄りがたい。確かにこちらの建物はそれほどきれいでないことも多いが、流行っている飲食店などはやはりきれいだ。
それに比べ、いやふつうの店に比べても少しというよりだいぶうらぶれた感じが強い。お約束のようにツタが絡まっている。
魔法は誰でも使えるわけではないが、スクロールなどは誰でも使える。だがあまり使おうとする人は多くない。だから店によりつく人も限られているし、服装も何か一般と違っている。
そういえば前世で町内会の仕事に巻き込まれたとき、だれでも使えると思っていた表計算のExcel程度でも実際には使わない人も多いと思い知らされた。
魔法商はプラモ屋とかパーツショップとか画材屋あるいはもしかしたらバイク専門店とかそんな感じの位置づけなのだろうか。
あるいは魔法はプログラミングのようなもので最近はあまり見なくなった町のパソコンやソフトの専門店なのだろうか。
人が来ないもう一つの理由は魔道具でもポーションなど一般的なものは他の商店でも売ってしまっているからだ。だからこういうところに来るのはやはり特殊な人になる。
今では慣れたが初めて入るときは少し勇気が必要だった。中は薄暗く壁中に棚があり天井からは怪しげな道具がつり下がっている。
店の中央あたりで置台と店主の席で仕切られていて、手前側が客が出入りし、奥側が店主がいる場所だ。
並んでいる商品は数百から数千ハルクのものが多い。ただ店主のスペースには数十万から百万単位のものもあるらしい。この店にはないが、大都市に行くと億の道具もあるという。
店主は腰の曲がった背の低いおばあさんだ。だみ声で口が悪い。俺はロレンスの紹介なのでおばあさんと言っているが、常連はババアなどと言っていることも多い。
その方がしっくりくる。名前も実はバーバラだ。ただ魔法に関する知識は豊富で聞けば大抵のことは答えてくれる。
あーあ、前世で読んでいた某有名転生作品では年上のかわいい家庭教師に習っていたのに、こちらはだみ声で口の悪いばあさんだ。ブラックではないが、グレーだ。
ロマンスはお断りしたい。そう思っていたら、何か伝わったのか、遠隔からデコピンされた。
はじめにこの店を訪れたのは、まだセレル村に住んでいたころロレンスに連れられてクラープ町に買い物に来た時だ。その時はバーバラの顔が少し不気味に見えた。
「おやこの子はアタシの顔を見ても怖がらないねぇ」
そんなことを言っている。そりゃ中身がおっさんで遠慮があるからで、子どもだったら怖がるのが自然だ。ロレンスは慣れたもので気にせずいろいろ魔道具を注文していた。
そして移住後に魔法を習うことを決めていたためロレンスに相談したところ、バーバラのところに行くようにと言われたのだ。移住後数日でさっそく訪ねてみる。
「おやおや前に来ていた坊やだね。今日はおつかいかい?」
「セレル村のロレンス司祭のところにいたフェリス・シルヴェスタです。最近クラープ町に移りました。魔法を習いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「おやおや、弟子入りかい? まあいいよ」
こちらの世界では珍しく授業料制で1回1時間でマンツーマンなら4000ハルク、2人ならば6000ハルクとのことだった。
珍しいというのは私塾などはお布施が多く、金持ちは多く、貧乏人はほどほどに、しかも金だけでなく現物などを持っていくのが多いからだ。
「魔法はどれくらい使える?」
「俺は回復魔法が少しと光魔法が少し」
「おやおや、少しは魔法が使えるのかい」
「はい、ロレンス司祭に魔法を習いました」
「そうかい、それはそれでいいけれど、こちらでは初歩からやってもらうよ。その方が後々いいからね。ただ一度魔法が使えた人間は上達がはやいだろうね」
そこで初めは精神集中の方法からだ。
「まずは精神集中だよ。あたしにまねしてやってみな」
そう言うとバーバラは軽く目を閉じて静かになった。すぐに想像がつくことだが、集中しようと思ってもやり方はわからず、なかなか集中できない。
だいたい集中しようという余計な考えが起きてくる。集中したつもりなのに、あっという間にうまくで来ているかとかいつまで続けるのかとか、変な考えが浮かんでしまう。
そんなこんなでうまくその状態が作れたかどうかがよくわからない。
「集中はできていますか?」
「それがわからないようならできていないのかもねえ」
「どんなふうに集中すればいいのでしょう?」
「まず手足の力を抜いてごらん」
はあ、手足を投げ出してみる。するとバーバラは俺の体を見渡してあちこちつついてくる。
「ここ、ここ、ここ、力が入っているね」
そう言われてみるとそうだ。だが力を抜く方法がよくわからない。
「力の抜き方がよくわからないのでどうしたらいいのでしょう」
「逆に一度そこに思いっきり力を入れてみて、それから抜いてみな」
「はあ」
言われたことをするとなんとなくそんな感じがある。
「少しはわかったかい」
「なんとなく」
「それを全身でできるようにね」
何か気の遠くなるはなしだ。その表情が見えたのかバーバラは
「まあ練習するしかないねえ」
とつぶやく。その日はそれくらいで終わる。
「家でも練習しておいで」
いちおう習ったことをノートに書き留める。家でも練習するのと、そのうち誰かに教えるかもしれないからだ。
さっそく家でも練習する。床に寝転んで力を抜く練習をする。
それを見てシンディが
「なに昼間からごろごろしているの?」
と聞いてくる。
「いや、魔法の練習だよ」
「何か間の抜けた練習ねえ」
こちらは師匠の言うとおりにしているのだ。そのうち恐ろしい魔法を使ってやるからなと心の中で息巻く。
いや例のエネルギー保存則があるから、魔石か魔法油を使わないと恐ろしい魔法にはなりそうにないのだけれど。
その後はマルコも行きたいというので、一緒に週に2回通うことになった。ただマルコは勤め先でブラック気味である。マルコの伯父にあたるが親方があまりよろしくない。
マルコの場合は商業学校にも行っているからかもしれないが、伯父はマルコが外に出るのを嫌がるという。それで必ずしも毎回一緒に行けるわけでもないようだ。
そんな長い時間拘束しても仕方ないと思うが、この時代の徒弟では仕方がないのかもしれない。




