魔法塾に行く(上)
少し商売から離れます
俺はフルタイムで仕事をしているわけではない。週に20時間ほどだ。他は何をしているかというと実は魔法を習っている。
「フェリスさんは仕事がないときは何しているんですか?」
ジラルドが聞いてきた。
「よく聞いてくれたね。実は魔法塾に行っているし、道場にも行っているんだ」
「あ、確かに魔法は便利ですよね」
「あれ? フェリスは魔法塾は週2回1時間ずつで、道場は週1回しか来ていないじゃない。それもときどきさぼるし」
シンディが余計な口をはさむ。
「それは自主練とかいろいろあるんだよ。勤務外のときも商売のことを考えていることは多いし」
「魔法はけっこう使えているみたいだから自主練しているのかもね。だけど剣術の方はしていないでしょ。あのへっぴり腰で自主練していたら逆にびっくりよ」
確かに剣術の方はほとんどしていない。だけど毎晩素振りをしろとうるさい同居人がいるのでゼロではないのだ。
「それにしてもずいぶん空いている時間はありますよね」
そんなにぎちぎちに予定を詰め込みたがる理由がわからない。朝寝坊とか猫なでとか考え事とか猫の世話とか読書とか猫のご飯やりとかいろいろすべきことは多い
だいたい俺がこの世にいるのは猫の世話のためなのだ。神がそう規定しているのだから間違いないだろう。あの神のすることでは怪しいけど。
さて魔法については神に会ったときから興味があった。いや前世で異世界転生物を読んでいたときからいいなあと思っていたのだ。
そして転生してみると、魔法はそれほどすごいことができるわけではないと気付く。
確かに回復魔法などはすごいと思う。また光魔法で明かりをつけるのも便利だ。だが火魔法で大火を起こしたり、土魔法で大げさな土木工事をすることなどはできない。
転生のときに神から聞いた話がある。何らかの形で大世界の物理法則が成り立っていて、地球のある世界もこの世界もそれと矛盾しないそれぞれの特別な物理法則が成り立っているとのことだった。
そこで地球にも魔法があるが観測できないほど影響が小さいか人類には認知されておらず、こちらでは魔法が目に見える形で展開している。
ついでにこの世界でも魔法も含めた広い意味でのエネルギー保存則や熱力学第3法則に似たものは成り立っているらしい。
どういうことかというと例えば火魔法を考える。それを使って外部からのエネルギー供給なしに大型の魔物を倒すような大がかりな火を灯すことなどはできない。
あくまで自分の体にある魔力量までである。だからつけられるのははじめはほんのマッチの火くらいのものだ。それもつけっぱなしにしていると自分の持つ魔力が消耗してあっという間に消えてしまう。
大人になって魔力量が上がるとコンロの火位もつけられるようだが、それも10分も持たない。
もし大がかりな火が必要なら魔石とか魔法油とかそんなものが必要である。それらを使って魔力量を補わなくてはならず、それらは使えば消耗する。
もちろんそれらは持ち歩かないといけないし、店で買わなければならない。魔石なら魔物を倒したときに得られることもあるけれど。
自然からエネルギーを取り出すなどということも、前世で自然から電力を取り出すのにそれなりに条件が必要なのと同様にふつうはできない。
そこに何かの運動があるとか温度差があるとかでないとエネルギーを取り出すことはできないのだ。
ただどうやら空間をつなぐ方法があるらしい。俺のホールなどはそれだ。うまく空間がつなげられれば温度差を作り上げてエネルギーを取り出せるかもしれない。かなりめんどくさそうだが。
また水を出す魔法もあるが、無から水を発生させることはあまり考えられず、明らかにどこかの水が満たされている空間から取り出している。
魔法というとセレル村にいたころはロレンス司祭に回復魔法や光魔法を習っていた。
回復魔法は本当に便利だ。ほとんどのものが前世より遅れているこの社会で回復魔法だけは明らかに前世よりいい。
どうやら自然治癒力を増しているようだ。ただ症状に対応してきわめて細かい技術の使い分けがあるようで、技量のあるなしでずいぶん結果が変わる。
俺などはちょっとしたけがをとりあえず手当てして治りを少しだけ早くすることくらいしかできないが、ロレンスだと大けがでも一晩たつと半分は回復するくらいできる。
さらに技量のある回復専門の魔術師だともっとひどい重傷でも1時間やそこらで大半は治してしまうらしい。
光魔法については夕方になればランプやろうそくの薄暗い光しかないこの社会で、夜でも活動できるようになる。実に便利だ。
魔法を覚えるのを面倒がる人も少なくない中、これについてはかなり多くの人が覚えたがる。ただ懐中電灯程度であることも多い。
貴族などは専用の光魔法術師を雇っているくらいだ。フェリスの光魔法はかなり明るくて、いまはマルコやシンディも恩恵にあずかっている。
そこでクラープ町に来た時に魔法を習うことは決めていた。大きな都市だと魔法学校があり、さらに王都まで行けば魔法の研究機関もあるという。
だがこの小さな町では塾があるくらいだ。それでも魔法を習う入口にはなると思う。
魔法塾は魔道具屋に付設している。魔道具屋は以前に俺がチンピラのワルスに脅されていた時にスクロールを借りた店だ。
町の中心から北の方に10分ほど歩いた外れに位置している。中心から徒歩10分で個人商店というのは東京では考えづらい。東京で住んでいた感覚とはかなりずれる。
地方の町だからもちろんそうなのだが、なんとなくスケールが日本の地方の町のような感じだ。
魔法塾はマンツーマンか2人1組の授業である。はじめはシンディと一緒に行こうとしていたのだが、シンディは魔法はしたくないらしい。
そういえばセレル村でもロレンスに習えるはずなのに習っていなかったな。簡単な回復魔法ぐらいは知っていてもいいと思うのだけれど。
逆にマルコは忙しそうだから誘うのを遠慮していたのだが、むしろ魔法塾に行きたいという。
そこで少し時間は遅くなるが、マルコと一緒に魔法塾に通っている。シンディの方はその間はもちろん道場だ。




