40. 郵便と宅配(下)
さて集配となるとまた人が必要になる。ある地域だけの集配ならそこに住んでいる子どもなどに頼んだ方がいい。
行商に行くときに集配人募集のポスターをつけることにした。子どもはあまり買いに来ない店なのでどちらかというとその親対象だ。
それぞれの場所で何人か申し出てくれる人がいたので実際に会って説明する。
1.集配は行商場所の近くだけにすること。
2. 伝票を使うので読み書きができる必要があること。できなければしばらく教会学校の費用をこちらが負担する。
3. 子どもの使いと違い確実に届ける必要があること。事故は調査し、問題が多いと仕事を頼めなくなること。
4. 手当はふつうのお使いよりは多めに出すこと。
などだ。
興味を持って子どもを連れてきてくれる人が何人も出てきた。ところが問題が起こる。
契約書を出すと相手が引いてしまうのだ。そもそも文字が読めない人もいるし、読めても何か恐ろしいものだと思っているらしい。
確かにこちらの社会では口約束で仕事も決まってしまう。だがどうしてもブラックの入り口でしかないと思うのだ。
もっとも日本では契約書があっても労基法があってもブラックが蔓延していたわけだが。なかったらどれほどブラックが濃くなっていたかわからない。
仕方ないので一応契約書は渡して、仮契約のような形で進める。
それから数か月間は商売をしていたとはいえ、最近やってきたばかりの、まして15歳の成人前の経営者だと何か怖いのかもしれないと思う。
そこで身元は教会のサミュエル司祭か冒険者ギルド支部のスコットに聞いてもらえばわかりますからと言って納得してもらう。
行商に来た時に何人か来てくれないとこちらが配達する羽目になるので、登録した集配の子どもには仕事がなくても来ただけで手当を渡すことにする。
雨だと明らかに集まりが悪いので、雨の日は少し手当を上乗せすることにした。
それからうちの集配人であることを示す登録証を持たせることにもした。うちの振りして商売する人が出てくると困るからだ。うちは相手に署名入りの受取票を渡すので、それがなければクレームは受け付けないが、予防はしておいた方がいい。
教会が暇そうな時間にサミュエル司祭にいろいろとお願いをしに行く。
「こんにちは、お世話になっております」
「こんにちは、ようこそいらっしゃいました」
「先日はまた人をご紹介いただきありがとうございました。さて、またお願いなのですが、よろしいでしょうか」
「私でお役に立てることでしたら、おっしゃってください」
「こんど行商に加えて郵便や宅配を始めようかと思っております」
「それはまた新しいお仕事ですね」
「実はセレル村ではしたことがありまして、ずいぶんと皆さんに好評でして」
「それは素晴らしい。そこで何か私ができることがありますか」
「集配を子どもたちに頼むわけですが、字を覚えさせて本を読めるようにしたいので、教会学校で受け入れてもらえませんか。もちろんこちらである程度は寄付はさせてもらいます」
「はてさて、教会に子どもたちが来られることは大変に良いことです。またご厚意もありがたく頂戴したいと存じます」
あの猫オタの神を祭る宗教がいいかどうか知らないが、学校としてはありがたい。
「それから契約書を交わすのを嫌がる親御さんがいまして、フェリスのところで雇われるのは安心だと紹介状を書いていただけますか。それでも不審がる人が教会に来たらご説明をお願いいたします」
「フェリスさんならおかしなことはしていないと思いますが、いちおうどんな仕事をしているかうかがっておいた方がいいですな」
これこれしかじかでと詳しい内容を説明する。ついでにもう集配をしている子に教会に来た時に説明してもらうように手配する。
「わかりました。こちらも話を聞いて納得がいきましたら、そうさせてもらいましょう」
「よろしくお願いします」
字を覚えさせるのは集配での必要性もあるが、将来に商売を大きくしたときに管理をしてもらうことも考えてのことだ。
そういうものを持ち込むのがいいのかどうかわからないが、大きな組織にしたときにはそれなりに管理部門が必要になる。
そのためには読み書きができないといけない。それがどこかから自動的にわいてくると思うのは間違いだ。
集配人もわりと集まったので、郵便と宅配を始めるポスターを行商の荷車に貼って宣伝を始める。使い方の説明で以下のような内容だ。
1. 集配は登録証を持った集配人に頼む。
2. 料金はあらかじめ決められ、印刷した一覧表に従い、料金を払う。
3. 地図と住所で送り先を指定する。
4. 伝票を書くか、集配人に伝えて書いてもらい、受取票を受け取る。
5. ほぼ確実に届き、もし事故があれば補償する。
はじめのころはまだみんな手紙を出すことに慣れていないので、仕事なしで集配人に払う手当の方が多かったが、使った人からの評判がよく口コミですぐに伝わった。
仕事も増えて、やはり行商を3人にしてよかった。2人だったらおそらくてんてこまいだ。それどころかもう何店か店舗を出してもいいくらいの状況だ。
ところで今の家にはロレンスが時々来る。それは歩いても3時間くらいだし、何か日常以上のものを買おうとすればクラープ町に来なければならない。
ついでにクロを触りたいようだ。あの神にしてこの司祭ありだ。
「こちらでも郵便を始めたんですか?」
「はい、あの時と違ってきちんとしています」
「あのときはまだ8歳でしたからね」
実は中身はおっさんだったのだが、毎日仕事はつらかった。
「村と町の間にも郵便があるといいですね」
それは忘れていた。そういえばクルーズン市に行ったときに宅配が欲しいと思っていたのだ。
いまだと異なる町や村の間の手紙は商人などについでに運んでもらうような形だ。
しかも商人は町までは届けるが宛先までは責任を取らずに一部の謝金を渡して誰かにゆだねてしまう。
だから金だけとられて届かないケースは少なくない。差出人も相手を見て頼むわけだが、ゆだねた先がずるしているのかもしれず、追跡できない。
きちんと追跡が可能にして、ほぼ到達が保証され、ダメなら補償されるシステムを作れば、需要も増えるだろうし、料金も高くとれる。
村の中は俺が残した郵便のシステムがあるので接続すればいいだけの話だ。そんな算段をつけ、そのうち全国の郵便網も作れないかと妄想をしていた。




