人を増やす(下)
行商先を増やすからには、現状の分析が必要だ。来週の商売のときにどこから客が来ているか調べることにした。
聞いて記録をとるのも面倒なので、地図を用意してどこから来ているか印をつけてもらう。つけてくれた人には試供品の軽食を少しだけあげることにする。
おやきと人参入りのパンケーキだ。けっこう売れ行きはあるが、まだ手を付けていない人もいる。一度食べたらたぶん次は買ってくれる自信がある。試供品として渡すのはアンケートのためだけでなくむしろ宣伝のためだ。
アンケートの結果、すこし離れたところから買いに来ている売り場を見つけることができた。これと売り切れが早めの売り場も調べる。
少し離れたところからきているということは買い物事情が悪いだろうから、新たな売り場を作ることにする。
売り切れが早いのはその辺の人口が多いのか何かの理由でとにかく需要が多いのだから、回数を増やすことも考える。
ただこれだけだと今来ているお客さんの情報しか取れない。今後新たに来てくれそうな新規の客の開拓もしないといけない。
町役場に行って各地区の人口と店の配置を調べる。あまりにも閑散としたところに商売に行っても売れないだろうが、人口の多いところは他の店もあって競合する。
新たに店を出す場所も検討している。店はもちろん店自体の売り上げも大事だが、それだけでない。
すでに南の店は行商の拠点にしているので、その意味で便利な場所がいい。ついでに近いうちに宅配業をしたいと思っている。
あまり要素が増えると目的があいまいになるが、いちおうそれらも考えて出店したいと思って探している。
そのため少なくとも2人、できれば3人採用したい。店ができて少しシフトがきつくなっている。
実はまだ週に25時間以内で、マルコをはじめみんなから楽だと言われているが、ゆとりは持ちたい。
ふだんゆとりがあるから緊急時に無理をさせることができる。ふだんからキツキツなら緊急時はみんな逃げるかつぶれるに決まっている。
そこで人数だが、シンディの言うように10人もとって一気に大きくする欲がないわけではないが、教育がままならなくなる。まだきっちりしたシステムが整っていないのであまり一度に大量採用は怖い。
わりとちゃらんぽらんな店員でも許されるゆるい雰囲気がこの社会にはあるし、それもそれでいいのだが、効率よく稼いで高い給料を出したいというのも本音だ。
効率というと必ずしも評判がよくない。それは小賢しい連中が全体とか後々とかトータルでの成果をないがしろにして、目に見えやすい部分だけずるでとっているからだろう。
何にも効果がないのに効果があったように見せかけたり、実際はなんの成果にもなっていないのに成果指標を上げるだけに全振りしたり、他人や他の場所にしわ寄せして自分だけ儲けるようなインチキがいるから評判が悪くなる。
そういうインチキはできるだけしにくいようにしたり、どこかでずるした分を支払わせないと、みんな効率と称してずるばかりするようになる。
それらを克服すれば、効率もそんなに悪いものではない。
さて人を雇うにあたり、アランのファンとかシンディのファンをとることも考えたが、なんとなく面倒そうなのでやめた。ハーレムとかお姉さまとか間近で見たくない。
セレル村の人を採ってもいいのだが、引っ越しが伴うのでそれなりに大事になる。それとなく話を振っておいて将来的に取ることにしよう。
マルコの勤め先はブラックだから簡単に引き抜けそうだが、後でトラブルになりそうなのでやめておく。
当面はアランのつてでとるのはありかとと思い、アランに聞いてみることにする。アランは最近言うことは変だが、仕事はきちんとしてくれる。
「そろそろ人を増やそうと思うけれど、だれか知り合いはいないかな?」
「まあいくらか心当たりはあるけど、どんなのがいいんだ?」
「そうだなあ。ふつうでまじめに仕事してくれる人がいい」
これも前世でコミュ力というのかお調子者で上司に取り入ってろくに仕事しないのに出世していたのを思い出しつつ、少しくらい不器用でもまじめな人の方がいいと思っていた。あいつ本当に何の仕事もしていなかったな。仕事している振りや人の成果の横取りはうまかったけど。
「じゃあ、近いうちに聞いてみる」
「頼むよ」
そういって3日ほどして、アランは同年代の男を連れてきた。中肉中背でなんとなく普通っぽい。
「はじめまして、フェリス・シルヴェスタと申します。ここクラープ町で商売をしています」
「はじめまして、ジラルド・ジャーニです。アラン君とは教会学校で一緒でした」
俺とシンディやマルコと同じパターンだ。
ジラルドは何でもつい最近まで職人の弟子だったそうだが、親方がブラック体質でアランにこぼしていたとのことだった。元の修行先の方はきちんと片を付けてきたので特に問題ないとか。話していてもごく普通だ。
「それでは今日は一緒について仕事をしてみて、もし気に入れば、こちらで働いてもらいましょう。もちろん今日の分の給料は出します」
「わかりました。それではよろしく」
結局ごく普通に働いて、ごく普通の人だと確認できた。
アランのようにきらりと光る瞳でお客さんを魅了したりはしないが、ごく普通に受け答えして商売している。ぜひにと来てもらうことにした。
さらに人を雇おうかとクラープ町の教会のサミュエル司祭のところに相談に行く。
「こんにちは。また誰かご紹介願えないかと思いまして」
「あれ? アラン君を紹介したばかりですが、何かまずいことでもありましたか?」
司祭は少し不安そうに聞く。ずいぶんいろいろなことをしているので長く感じるが、実はまだ数か月しかたっていない。
「いえいえ。いい人をありがとうございした。アランはお客さんに大人気です。きらりと光る瞳でがっちりファンまでついています」
「そうですか、それはようございます。そういえばここらでも女の子たちに人気でしたね」
「ああ、やはりそうでしたか」
「ところでそれでしたら、どうして新しい人を採られるのですか?」
「それがありがたいことに、もっと商売の手を広げられそうでして、いま5人いますが、それでも足りなくなっているのです」
「それは大変にようございました。なるほどそれでしたら心当たりをあたってみましょう」
数日してサミュエル司祭の紹介として若い男がやってきた。結構背の高いイケメンだ。ところが中身はちょっと変わっている。
「はじめまして、フェリス・シルヴェスタです」
「フェリス・シルヴェスタさんですね」
男は何か考え事をしている。
「はい。それでお名前は」
「私の名はカミロ・ウリアスです」
どこか遠い空のことを考えている感じだ。
「ちょっと大丈夫、あれ」
シンディはこちらに耳打ちする。まあシンディも商売向きかどうかは疑問だけど。ただ個人的には、立て板に水のタイプの人が多くなるとつらい。もしかしたら向く仕事があるかもしれないから雇ってみるのもいいかと思っている。
「どうでしょうか。1日仕事をしてから、してみるかどうか決めてみては。もちろん今日の分の給料はお支払いします」
「はあ、そうですね。それではそれでよろしくお願いします」
カミロを連れて仕事に行ってみるが、やはり何か一テンポ遅れるところがある。ちょっと大丈夫かと思ったりする。
ただ何となくすぐに見放すのもどうかと思うし、こちらの世界の接客レベルとしてはこの程度はよくある。
「どうでしょうか? 1日されてみて。続けますか?」
「よろしいでしょうか」
「はい、それではこちらが契約書になります。契約前にいまのような形でもうしばらく仕事をしてもらっても構いません。どうしますか?」
「それではもう少し今の形で仕事させてください」
確かにもう少しお互いに見極めた方がいいような気もする。とりあえず今日の分を支払って別れた。
しばらく働いて、結局カミロはうちでやっていくことになった。




