10. 村を出歩く(下)
家に帰り、ロレンスに魚を渡す。しばらくお昼寝してから、夕食の時間になる。ロレンスが支度して焼き魚にする。薪に火をつけるときは火魔法を使う。
ライターのようなものだ。魔物を攻撃するような大きな火についてはまだ技量がないのと、そこまで魔力がないので出ないそうだ。
そもそも人間の魔力では無理で、魔石の魔力を使わないといけないらしい。もしかすると何かの形でエネルギー保存則が成り立っているのかもしれない。
魚を焼いているとクロが寄ってくる。チートがかかっているのでやけどもしないのだが、なんとなく火には近づけないようにする。
魚が焼けるとふんふんとにおいをかいでいる。クロの分を分けてやる。猫舌はそのままなのか熱いうちは食べずに冷めるまで待っているようだ。状態異常無効がかかっていても猫は猫舌なのがかわいい。
こちらはこちらでロレンスと一緒に夕食をとりはじめる。
しばらくすると神がまた来ていた。どうせまた甘やかしに来て何か餌を与えるのだろう。とはいえ今日は俺が釣ってきた魚だ。
クロは半分くらい食べ残しているので、神に念話でくぎを刺す。
「いいか、今日のは俺が釣ってきた魚だ。ぜんぶ食べさせる」
だんだんありがたみがなくなってきて、言葉もぞんざいになる。いやそもそも初めから俺のことを猫のおまけ呼ばわりした時点でありがたみはなかった。
「クロちゃんはおいしい方がいいですよね」
俺の方ではなく、クロの方に向かって話している。クロ様とかクロちゃんとか一定しないようだ。
「とにかく、味付けするとか古くならないようにするのか構わんが、まるっきり作り変えるのはやめろ」
「はいはい、下僕怖いですね。それではおいしくしてあげましょう」
神が魚の食べあとに手をかざすと、魚は元とは全く形の違う高級キャットフードのような代物になっていた。
「それ、本当に元の魚か」
「単に調理しただけじゃ。何なら味見してみるか」
加工したとはいえ猫の食べ残しを食べる気にはなれない。神から見ると俺など猫の付属物に過ぎないのだろうけれど。
クロはおいしいのか、何かいい匂いでもするのか、がつがつと食べ始めた。神の奴はちゅーるでも使っているのではないかと思う。
別の日には、やはりシンディとマルコと野原の方に行く。野原ですることといえば、バッタを捕まえたり、五つ葉のクローバーを探したりだ。
実際はクローバーではないのかもしれないが、似たような草だ。ただ三つ葉の中にたまに四葉があるのではなく、四葉の中にたまに五つ葉がある。
この大量の四葉が日本にあればとも思ったが、そうなら三つ葉と同様にだれも見向きもしなくなることに気づいた。
ともかく子どもだからなのか結局、競争になる。せっかちなシンディはどうも性に合わないようだ。「ないわね、どこにあるの」などと言ってでたらめに探している。
逆にマルコの方は時折見つけている。どうやらきちんと区画を区切ってシステマティックに探しているようだ。
子どもらしくないといえば子どもらしくないが、将来有望な気もする。結局、マルコが7つ、俺は3つ、シンディも1つだけ見つけて終わりになる。
こういう組織的な仕事はマルコに向いているようだ。後はぽかぽかと温かい中、野原に寝そべって昼寝をしたりする。
また別の日に野原に行ったときは花摘みをした。
むかし日本で子どもだったころに近所の2つ3つ上のお姉さんが花を集めて花輪を作っていたのを思い出す。
「花を集めて花輪を作ったりしないの」
シンディに聞いてみる。
「花輪なんていうのは、剣術大会で勝った時にもらえばいいの」
女の子らしくないといえば女の子らしくないが、女の子らしいというのもかってに世間が思っているだけのことだ。
女が闘う文化なら剣でも振っている方が女の子らしいのかもしれない。マルコの方は花を摘んで分類したりしている。標本にするらしい。
こっちもこっちで花輪とは発想がかなり違うようだ。そんなことを考えているとシンディから言われた。
「フェリスって女の子みたいな名前ね」
ああそうなのかなあ。それに対してマルコは歴史上の人物なども挙げながら男にもいることを反論していた。
2人と遊びに行くときは、川で釣りをしたり、野原で追いかけっこをしたり、花を摘んだり、虫を取ったりと、子どもの遊びをすることが多い。
中身が40過ぎの男には手持ち無沙汰に思えることもないではない。時間の使い方が贅沢すぎる。ブラック企業で働かされた過去を振り返ると、こんな生活があっていいのかとも思う。
面倒なことを考え出すことも多いが、十分幸せだと思いなおし、ゆったりとした時間に身をゆだねる。面倒なことは大人になってから考えればいい。
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