第8話 バグ弟とトレーニングの日々
それから約一ヵ月、アイシラと弟の殴りあいトレーニングはつづけられた。
一日中ボロボロになるまでやり合っても一晩眠ればスッキリ身体は元通りに治ってしまう。
その辺はさすがゲームだ。
弟とやり合うために拳を使っていたら、アイシラも少しずつ《格闘》系スキルが育って来てしまった。
本来は《小剣》使いであるため成長効率は悪いのだが、まさか弟をナイフで斬るわけにもいかない。
《小剣》の訓練はモンスターとの戦いにとっておくとして、今はとにかく素手で殴りあう日々である。
「よしタカキ! 魔法いくよ!」
「うん姉さん、いつでも!」
唯一使える土魔法《ストーンショット》の訓練も忘れない。
使えば使うほど使用回数も威力も上がっていくのだ。
さてこの一か月の間に、偶然発見したバグ技は途方もない進化を遂げていた。
最初の夜に《格闘》系スキル《ボディブロー》を閃いてしまった名もなき弟。
彼はいま《タカキ》という名を得て、アイシラのパーティーに正式登録されていた。
きっかけはアイシラが間違えて実弟の名前で彼を呼んでしまったことである。
実弟・貴希も昔は可愛い弟であった。
一緒にゲームをやってボロカスに泣かしてやったとか、一緒にお風呂に入って○○○を引っ張ったらギャン泣きさせてしまったとか、楽しい思い出(?)がたくさんある。
しかし貴希はなぜかだんだんと姉である愛を嫌うようになり、二人の関係は険悪なものになってしまった。
一体どうしてなのだろう、愛にはちっとも理由が分からない。
まあそれはさておき人懐っこいアイシラの弟と接しているうちに、そんな昔懐かしい記憶を思い出したのである。
そしてつい、彼のことを「貴希」と呼んでしまった。
その瞬間である。
「タカキ……おれはタカキ……」
無表情でブツブツとつぶやく弟の姿。
はっきり言って不気味だ。
しかし次の瞬間には何事もなかったかのように元通りになって、普通に接してきた。
そしていつの間にかステータス欄は二人に増えていて、彼の名前は《タカキ》になっていたのだ。
おそらくアイシラが名前を呼んだ瞬間に「それ」は起こった。
名もなきモブキャラがバグによって技を閃き、そしてサブキャラにまで進化してしまったのである。
(ひょっとしてこのゲーム世界、人間のアドリブ行動に対応できてないのかなあ?)
人間の意志と行動はコンピューターゲームなどとは比べ物にならないほど複雑怪奇である。
そんなものにすべて対策することなど出来るわけもない。
と、なればこのゲーム世界かなりの欠陥品ということになるが、今後大丈夫なのだろうか。
まあそれはさておき。
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ステータス
タカキ 14歳 男 遊牧民
HP 93/93
MP 3/3
SP 9/9
力 25
体 21
器 17
敏 20
魔 3
精 9
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初期値は最弱主人公アイシラをも下回る最低レベルだったが、日々の鍛錬によって攻撃役としてそれなりの水準になってきている。
魔法はまだ入手手段がないので今後に期待だ。
ちなみにアイシラのほうは。
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ステータス
アイシラ 15歳 女 遊牧民
HP 76/76
MP 11/11
SP 16/16
力 18
体 30
器 14
敏 14
魔 11
精 16
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来る日も来る日も殴られ続けて、「体」ステータスの伸びが飛びぬけている。
殴り返すようになってまだ日が浅いので、他のステータスはまだこれからだ。
さすがにこれだけ育成できれば初期ステータスが低いというハンデは、もう無いも同然と言っていい。
通常のゲームプレイならもう中盤くらいの強さである。
モンスターとまだ一回も戦っていないという前提で考えれば脅威的な耐久力だ。
このゲーム、「モンスターとの戦闘回数によってザコ敵の出現テーブルが変わる」というシステムになっている。
ちなみにボス敵のHPと攻撃力も変わる。
フィールドをうろつくザコ敵が最強レベルになるまでの回数は1000回。
RPGなので最終的にはもちろん主人公キャラたちのほうが強くなるが、途中でおかしなことをやっていると後半~終盤あたりで勝てなくなって詰む。
今後パーティがどうなるかは分からない。
しかし今のところは攻撃役がタカキ。
防御役&補助がアイシラという流れでやっていくのがベストだろう。