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11 そんな人はいない

(アーサー!)


 あの瞬間を思い出したエステルが悲鳴を上げるが、アーサーは振り返らない。

 銀の刃が振り下ろされた――瞬間。


 ギン! と鈍い音が響き、いつの間にか頭を抱えて震えていたエステルは、えっ、と顔を上げた。


 アーサーが、ランドルフの剣を受け止めていた。彼の持つ長剣とは比べものにならないほど小さなナイフだが、その刃でしっかりと凶刃から身を守っている。


「……馬鹿な、貴様……!」

「僕はっ……もう二度と、おまえに負けないと決めた。ただのらりくらりと、同じルートをたどっていたわけじゃないっ! もし、万が一【あの未来】と同じようなことが起きても負けないように、努力したんだ!」


 ギリギリと刃をかみ合わせた後、気合いの声と共にアーサーはランドルフの剣を打ち払った。長剣が頭上に舞い、あまり高くない天井にぶつかってから足下に落ちる。


 アーサーはそれを足蹴にして、廊下の奥に蹴り飛ばした。そして、丸腰になったランドルフを玄関の外に押しやる。


「貴様っ! 私は伯爵だ! そのような振る舞いが許されるとでも……!」

「二つ、忠告しておきます。まず、先に手を上げたのはそちらです。そしてここは王国ではなくて、共和国。……一応聞きますが。あなた、共和国の入国許可を取っていますか?」


 アーサーの言葉に、ランドルフの顔がさっと青白くなった。


 共和国にはいくつかの独自の法律があり、その中に入国許可に関する項目がある。


 共和国は戦争を避けるため、近隣諸国から入国する者に対して審査を行う。

 ただ、例外はいくつでもある。商人などをいちいち審査していたら貿易が滞るし、出稼ぎに行った者たちを審査するのも手間になる。むしろ、共和国が警戒しているのは権力を持つ者の入国だ。


 よって、アーサーのような元々共和国の人間の場合、また今回のようにエステルがアーサーの妻となった場合などは、素通りできる。

【あの未来】で二人が教会を目指したのも、エステルが修道女になったら一般市民扱いになり、合法的に国境を越えられるからだ。


 だが、王国の伯爵ともあろう者が仲介者も許可もなく独断で入国したならば。

 それは下手すれば王国と共和国の戦争勃発の火種になりかねないため、共和国はその者を「侵入者」と見なす。しかも彼は兵を連れており共和国民であるアーサーを攻撃したため、「おたくの貴族が国境を侵してきました」「しかもその貴族は、武力を行使しました」と王国に訴えることもできるのだ。


 ランドルフの顔色からして、入国許可がないのは明らかだ。


「だ、だが私には、妻を取り戻すという大義名分が……」

「あなたの妻? そんな人、この世の中にいません。ここにいるのは、僕の奥さんのエステルです。それに、そんな言い訳は共和国では通用しません。今のあなたは、ただの不法侵入者です」


 ふんっとアーサーは言い、顔を上げた。その視線の先には、本邸の方から駆けてくる兵士たちの姿が。


「来てくれたか。すぐに、伯爵を捕縛して都に連れて行ってくれ。彼が連れてきた者たちも、全員捕らえるんだ」

「はいっ!」

「貴様っ! 平民ごときが、私を足蹴に――」

「違います。僕はあくまでも、国境を侵すという罪を犯したあなたを国に突き出すだけです。その後の沙汰を下すのは、両国の上層部たちですからね」


 アーサーの言葉に、ランドルフはまだ何やら言っていたし、「エステル!」「私は君をずっと愛しているんだ!」「君は私の妻だ!」と吠えていた。

 だが集まってきた者たちは一様に、「この人は何を言っているんだ」という目で見ており、彼らを縛り上げる手を緩められることはなかった。









 入国許可もなくリミテア共和国に侵入しただけでなく武力も行使したとして、ランドルフ・ハリソンは直ちに都に連れて行かれた。オブライエン家当主たちの、「妄言を並べ立てるおかしな人が、息子夫婦に突っかかっている」という通報が早めに入ったというのも効果が大きかったようだ。


 彼は様々な言い訳を並べ立てたが、どのように甘く見ても「高位貴族が無許可で国境を越えた」という事実だけは覆しようがなかった。

 おまけに彼は「エステル・ハリソンを連れて帰るのだ!」と言ったが、王国と共和国どちらの結婚宣誓書記録を見てもそのような人物がいたという記載はなくて、「思い込みが激しいおかしい人」という認識になってしまった。


 間もなくランドルフは王国に送還されたが、優秀な伯爵といえど共和国との戦争を起こしかねない行為をした彼を国王も許すことはできなかったようで、出仕停止命令を下した。

 最初は伯爵のことを哀れに思って見舞いに訪問した者も、彼がありもしない妻について語るのを見るとドン引きしたそうだ。


 また、彼の婚約者である子爵令嬢・ジョージアナは早々に手を切り、「もっといい人を探すわ」と言い切った。彼女はランドルフにかなり入れ込んでおり嫉妬深い性格だったようだが、犯罪者でしかも言動のおかしい人を擁護する気にはなれなかったようだ。


 それでもなおランドルフに改善の余地がないため、国王は「伯爵は心の病により職務遂行不可能」と判断して、伯爵代理――という名だが実務を行う遠縁の者を指名した。そしてランドルフをやんわりと王都から追い出し、療養地で暮らすよう命じた。


 ランドルフは療養地に移されてもなお、何もない空間に向かって「愛しいエステル」と呼び続けており、使用人たちからたいそう気味悪がられていた。


 だが蟄居から何年も経った頃、彼は突然屋敷から姿を消した。皆が慌てて捜索した結果、彼は王都で発見された。

 彼はそこで何かを見たようで、それからは「エステル」の名をつぶやくことはなくなり、花が枯れ落ちるようにひっそりと息を引き取ったという。

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― 新着の感想 ―
[一言] 多くのタイムリープ小説で同じ恋愛を繰り返すものは、相思相愛だからいいようなものの どちらか一方しか記憶を取り戻さない、または今作のように実は片思いと言う言葉すら生ぬるい偏愛であったならば、他…
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