35.最後
「残念だが、その話は間違っている。」
「なぜですの?」
「ジョーゼルはキュリシュ侯爵の一族だ。」
「そんなことは知っていますわよ。
だからこそ言っているんじゃありませんか。
マニヌラの根を管理しているのは王宮薬師でしょう?
王宮薬師長のキュリシュ侯爵なら簡単に手に入れられるし、
後遺症にならないように飲ませることだってできるのでしょう?」
「そういうことを言っているんじゃない。
キュリシュ侯爵家のものは毒が効かない。」
「だとしても、ジョーゼルはキュリシュ侯爵の子じゃなく、
陛下の子なのだから関係ないでしょう!」
「いいや。関係あるんだ。
キュリシュ侯爵の子ではないが、夫人もキュリシュ侯爵の一族出身なんだ。
ジョーゼルは毒耐性スキルを持っている。
たとえマニヌラの根を飲んだとしても、ジョーゼルには効かない。
だからジョーゼルがアンジェにさわれるのは、
マニヌラの根を飲んだからではないと言えるんだ。」
ようやくキュリシュ家の血を持っている意味が理解できたのか、
王妃の顔が悔しそうに歪んでいく。
往生際が悪いとは予測していたが、さすがに嫌になる。
フランディ国の前国王は王女のジャンヌをこの上なく可愛がっていた。
側妃から産まれたジャンヌを可愛がるあまり、王妃や王太子から疎まれ、
フランディ国で嫁がせることができなくなったらしい。
同盟国であるこの国に押し付けられるように嫁いでくることになったが、
そのせいで本来は王妃だったマリアが側妃になってしまった。
俺はマリア以外を娶るつもりなどなかったのに、
同盟国の中でも力が強いフランディ国の前国王に頼まれ、
しかたなくジャンヌを王妃として娶る羽目になった。
こうして嫌々ながら王妃として娶ってみれば、
ジャンヌは王女として甘やかされ傲慢に育っていた。
ジャンヌよりも先に俺の妃となっていたマリアと生まれてきたハインツを嫌い、
何度も毒殺しようとしていたのはわかっている。
だが、フランディ国との関係を悪化させることもできず、
マリアとハインツをキュリシュ家の力で守り続けることになった。
そのためにキュリシュ家の血を存続させようと…
リオナを公妾として娶ることになったのだから、
ジャンヌさえいなければと思ったのは一度や二度ではすまない。
だが、それから十八年が過ぎ、
フランディ国は代替わりし、ジャンヌを嫌う異母兄が国王になった。
昨年、ジャンヌを可愛がっていた前国王も死去した。
これでもうジャンヌがいなくなったとしても外交問題にはならない。
むしろ今の国王と付き合うにはジャンヌの存在は邪魔でしかなかった。
「ジャンヌ、王子に毒を飲ませたことにより、お前の身分ははく奪される。
そのためその身分はフランディ国の王女に戻ることになる。
フランディ国へ戻って、国王より処罰を受けることになるだろう。」
「…は?」
「お前はもう王妃ではない。
この国からは追放だ。」
「そんなことは認めないわ!」
「お前が認めなくても結果は変わらない。
フランツは命は助かったが、どこまで後遺症が残るかはわからない。
おそらく一生治療が必要になるだろう。
意識が戻った後、フランツには選ばせることになる。
この国で治療するか、フランディ国で治療するか。
どちらにしても罪人のお前が会うことはないだろう。」
「嫌です!フランディ国には戻りません!
わたくしはこの国の王妃ですのよ!」
「この国に残るというのであればこの国の法で裁くことになる。
そうなれば、即刻処刑することになる。
第二王子に毒を盛り、運命の乙女を欺こうとしたのだからな。
そのほうが良いのか?」
「…そ、そんな。」
「侍女の取り調べが終わり次第、お前らはフランディ国へと送られる。
ここから逃げたとしても死ぬだけだ。おとなしくしておけ。」