29.求婚
「…ゼル様。」
「…大丈夫、アンジェの相手は俺だけだ。
そうだろう?」
「…はい。もちろんです。」
そうだった。何を言われても、私が選ぶのはゼル様だけ。
王妃が何を求めてきても、それが変わらない限り大丈夫だ。
前を向くと、陛下がハインツ様に問いかけているところだった。
「では、ハインツ、お前はアンジェに求婚するか?」
「いいえ。アンジェは弟、ジョーゼルの唯一です。
相思相愛の二人を引き裂くような真似はしませんよ。
それに、俺には俺の唯一がいます。
噂を確認するためだけに形だけの求婚などする気はありません。」
堂々と王妃への嫌味を含めて答えたハインツ様に、
王妃は憎々しげに睨みつけている。
それに気が付いているだろうに、ハインツ様は王妃を見もしなかった。
「では、フランツはどうだ?」
「…はい。」
ふらふらとしながらフランツ様は私へと向かってくる。
ゼル様を見ると、うなずいて私の手を離した。
フランツ様が私の前で跪いて、私を見上げる。
その目がうつろで顔色も悪く、よほど具合が悪いのかと心配になる。
何もこんなにも具合の悪いフランツ様をそそのかすことはないだろうに。
早く終わらせてしまおうと、仕方なく右手を差し出す。
その手を取って、求婚の言葉を述べるのが普通だが、
この手を取られたことは無い。
すっと手を取られた。
瞬時にバチっと反発を感じる。
…それなのに、手を取られていた。
信じられない思いで、目の前のフランツ様の手を見る。
どうしても信じたくないが、
氷のように冷たいフランツ様の手の感触が伝わってきて、思わず鳥肌がたつ。
バチ、バチっと反発を感じ続けているのに、手を離す気配はない。
かなりの痛みを感じているはずなのに、フランツ様が痛がっている様子はない。
だけど、その視線はさまよっているようで、目の前にいる私も見えていないようだ。
「アンジェ、…俺と結婚して王妃になるんだ…。」
かすれたようなフランツ様の声が聞こえた。
まるで決まっていたことを告げるような言葉だった。
広間中が静まり返って、この求婚を見ている。
「…離してください。」
「…なぜ?離す理由がないだろう?」
「私の運命の相手はジョーゼル様だけです。フランツ様ではありません。
手を離してください。」
「…なぜだ!お前は俺のものだろう?
俺の王妃になるために生まれてきたのだろう?」
「いいえ!…いいえ!」
もう嫌。早く離して。
気持ち悪い…ゼル様以外にふれられているのが、ものすごく気持ち悪い。
必死で手を離そうとするのに、握りしめられて離れない。
「手を離してください。
アンジェは俺のものです。」
後ろから抱きかかえられるように引き離され、包み込まれる。
ゼル様の温かさと匂いに、人目も気にせずにすがりついた。
「…お前こそ、その手を離せ!
それは俺の妃だぞ!勝手にさわるな!」
「陛下、見ましたでしょう?
フランツも運命の相手ですわ。
それなら、婚約するのはどちらなのか、決まっているでしょう?
この国のためにも、フランツと結婚させるべきです!」
うれしそうな王妃の声が聞こえてくる。
どういうことなのかわからなくて、ゼル様にしがみつく。
怖い…怖い…何が起きたのかわからなくて、ただ怖い。
身体の震えが止まらなかった。