20.縁組
そういえばケイン兄様には、
もう一つ伝えておかなければいけないことを思い出した。
「ねぇ、ケイン兄様。
お父様が公爵家は私とゼル様で継ぐようにって言ったのだけど。
ケイン兄様はそれでいいの?」
「あぁ、そうか。公爵家はケイン様が継ぐこともできるのか。」
「いや、それについては大丈夫。心配しなくていい。
実は…アンジェは気にすると思って内緒にしていたんだが、
ハインツ様がユリエルを妃にしたいって言っていてな。
もしハインツ様が王太子になるとしたら、ユリエルは王太子妃になるだろう?
そうすると侯爵家を継ぐのが俺しかいなくなるんだ。」
「えええ?そうなの?」
そんな話は知らなかった。
たしかにユリエルは美しいし、しっかりしている。
王族に嫁いでも問題ないとは思うけれど…。
「うん、ハインツ様はずっとユリエルに婚約を申し込みたかったんだけど、
ハインツ様はアンジェに求婚していないだろう?
大臣たちはハインツ様がアンジェの相手に選ばれてほしかったんだよ。
アンジェに求婚せずに他の令嬢を婚約者に選ぶなんて認められないって言ってて。
だからアンジェの相手が決まるのをずっと待っていたんだ。」
「そうだったの。そういえばハインツ様は私に求婚しに来なかったわ。
形だけ求婚して終わりにするわけにはいかなかったの?」
王妃様を刺激するわけにはいかないからと、
王宮に行ってもハインツ様と会う機会は多くなかったが、
それでも幼いころから知っているし血縁関係も近い。
ケイン兄様ほどではないけれど、親しい親戚のお兄様といった感じだ。
事情を説明してくれたら形だけの求婚ということもできたと思うのに。
「いや…ハインツ様にもそう言ったんだが、
ハインツ様はユリエルが好きなのに、
形だけでもアンジェに求婚するわけにいかないって。
それはユリエルにもアンジェにも失礼だからって。」
「あぁ、兄上のその気持ちは理解できる。」
ゼル様が神妙な顔でうなずくのを見て、思わず笑いそうになる。
「…なんていうか、すごく納得したわ。
ゼル様と兄弟だっていうことが。ハインツ様もとても誠実な方なのね。」
「ん?なんでだ?」
「ゼル様も私に求婚してこなかったからよ。
ミリア様と婚約していたしね。」
「え??そうなのか?
ジョーゼル様が求婚してきたわけじゃなかったのか?」
「ええ。転びそうになった私を助けてくれたからわかっただけなの。
だから、そういう誠実なところが似ているのね、って。
ねぇ、それだけ誠実なハインツ様がユリエルにどこで出会ったの?
まだ十五歳だし、学園にも入学していないし、夜会デビューもまだだし。」
「あぁ、それはさっきの話につながるんだ。
王宮での食事に毒を盛られるようになったって言っただろう。
ハインツ様は口にしなかったから大丈夫だったんだが、
毒見の者が倒れて亡くなるのを見てしまったらしい。
それで王宮では食事が一切できなくなってしまったんだ。
日に日にやつれていくのを見ていられなくてさ…
むりやり侯爵家に連れて帰った。
夕食を食べさせてから王宮に帰そうと思って。
そんな感じでうちで夕食を食べるようになって、
ユリエルも心配して朝食用にマドレーヌを焼いて渡したりしていて。
気が付いたら恋仲になっていたんだよ。」
「…ぜんぜん気が付かなかったわ。
ユリエルも教えてくれても良かったのに!」
「だって、二人の婚約話はアンジェの相手が決まらないと始まらないわけで。
それを言ったら気にしてただろう?」
「…うぅ、それはそうかも…。」
「ほらな?でも、気にするな。
どうせユリエルはまだ十五歳で夜会にも出られないんだ。
婚約は夜会デビューする十六歳になってからでも遅くないからな。
公爵令嬢だった母上からみっちり教育されているから、
王太子妃教育だってそれほど時間はかからない。
アンジェが成人する前には相手を見つけると思っていたから、
それからでも大丈夫だと思っていたんだ。
予想してたよりも早く見つかって良かったよ。」
「そう?ならいいのだけど。」
「きっと明日からすべての貴族が騒がしくなる。
アンジェの相手が誰なのかで王政の流れが変わる。
そのために婚約しないで待っていたものが多いだろうからな。」
「たしかに。俺の周りもその理由で婚約していないものばかりだ。
しばらくは騒がしくなりそうだな。」
そういえばダイアナもユミールも婚約者がいない。
私にいなかったから気にしていなかったけれど、
考えてみたら婚約者がいるもののほうが少ない。
だからこそ、婚約者がいるのに拒絶しているミリア様が目立っていたということもある。
しばらくは婚約者を決める争いが起きそう。
巻き込まれたら嫌だななんて思っていたら、ゼル様に大丈夫だよと頭をなでられた。
どうやらまた顔に出ていたみたい。




