11.登校
翌朝、約束通りジョーゼル様は馬車で迎えに来てくれた。
昨日の夜は離れがたくて、少し困らせてしまったかもしれない。
夜だというのにもう少しだけ一緒にと思ったら話は尽きなくて、
最後は執事のシュルンと侍女のミラにやんわりと怒られてしまった…。
それから寝たのだからいつもよりも遅い時間になってしまったというのに、
今朝はミラに起こされるよりもずっと早くに目覚めていた。
早めの朝食をとるとすぐに学園に行く準備をし始め、
ジョーゼル様が来るのを今か今かと待っていた。
馬車が着いたのがわかるとすぐに部屋から飛び出して玄関に向かう。
そこには制服姿のジョーゼル様がいて、
私に気がついて軽く手を振るとこちらへ向かってくる。
「おはよう、アンジェ様。もう準備はできたの?」
「おはようございます。なんだか早くに起きてしまって…。
準備も終わってます。」
「そう?じゃあ、もう出発してしまって、
馬車はできるだけゆっくり走ってもらおうか?」
「はいっ。」
うれしそうに笑うジョーゼル様に、思わず元気よく返事してしまった。
もう…淑女としての慎みとか…どこに行ってしまったんだろう。
「さぁ、乗って?」
差し出されたジョーゼル様の手を取って馬車に乗る。
隣の席に座ってもつながれた手はそのままで、思わずその手をじっと見てしまう。
大きくて少しごつごつしていて、固い手のひら。
でも私の手を握る力は優しくて、じんわりと温かさが伝わってくる。
「ふふ。もしかして再確認してる?」
「…はい。やっぱり本当にさわれるんだって…うれしくて。」
「うん、わかる。俺も今同じことを思って見ていたから。
でも、もっとアンジェ様にさわりたい。いい?」
昨日と同じように腕を広げて待っているジョーゼル様に、迷いなく飛び込んでいく。
抱きしめられると同時にジョーゼル様の匂いがして、うっとりしてしまう。
思わず胸に顔をうずめるようにしてすり寄っていると、
ジョーゼル様がぽつりとつぶやいた。
「夢じゃなかった…。」
「え?」
「いや、昨日一日で何もかもが変わってしまったから…
まるで夢みたいで、今朝起きた時に疑ってしまったんだ。
もしかしてあれは全部夢だったんじゃないかって。
でも、うちの馬車はいつもよりも早い時間から用意されているし、
公爵家に来ても問題なく普通に迎え入れられているし、
アンジェ様はこんな風に抱き着いてくれるし。
あぁ、これは夢じゃなかったんだなって。」
「夢だったら嫌です。」
「あぁそうだな。夢じゃなくて本当に良かった。」
本当に安心しきったような声でそう言うジョーゼル様に、思わず顔を見合わせて笑った。
公爵家から学園まではそれほど遠くない。
ゆっくり走ってもらったとしても、すぐに着いてしまうだろう。
「ねぇ、アンジェ様。」
「はい?」
「アンジェって呼んでもいい?」
「ええ。そう呼ばれたほうがうれしいです。」
「良かった。じゃあ、俺のことはゼルって呼んでくれる?」
「ゼル様?」
「うん。ゼル、だけでもいいんだけど、そうもいかないかな。
アンジェにそう呼んでもらえるとうれしい。」
「では、ゼル様とお呼びしますね?」
「ありがとう。」
学園に着いたら間違いなく騒がれることになる。
王家からの発表は今朝までに通達されることになっていたから、
もうすでに全ての貴族が知っていることになる。
その上、二人で馬車から降りたら驚かれるに違いない。
「ゼル様、学園に着いたら騒がれますよね?」
「大丈夫、何かあれば俺が守るよ。」
落ち着いた顔のゼル様を見て、きっと大丈夫なのだろうと思ってうなずく。
学園までの短い間、ゼル様の腕の中にいることだけを楽しんでいた。