その数はリスカカットのように
俺が初めてセックスをしたのは12年前
俺が最後にセックスをしたのは2日前
君が今の俺を見たらどう思ってなんて言うのかな
君っていうのは具体的な1人じゃなくて
抽象的な君たちのことなんだけど
池袋駅北口を出てまっすぐ進むと
古びたホテルと滝が流れるような綺麗なホテルが入り混じるホテル街へと着く
なんで俺は毎回ここにくると
あまり詳しくないふりをしてしまうんだろう
一つ一つのホテルのだいたいの料金はもちろん
風呂の大きさやジャグジーの有無、それからコスプレの貸し出しがあるかないかまでわかってるのに、必ず言ってしまうんだ
「俺ホテルってあんま来ないんだよね」
俺がそういうと女はすぐに呟いた
「へぇ。めちゃくちゃ詳しそうなのに」
多分どんな人から見ても俺は慣れてるのだろう
ホテルへの誘い方、いやもといそれまでの順序を辿るように
最終地点は、最初からホテルと決まっていたかのように今日の飲み会のスタートの時間まで決めていたのだ。
「とにかく大きいお風呂があるところに行こ」
俺はそういって女の腕を強くひいた。
いつも使わせてもらってるホテルに迷いもなく到着した。使わせてもらってるって表現は丁寧すぎたかもしれない。
でも本当に使わせてもらってるんだ。だって昨日だってここに来たんだから。
女の腕を強くひいて。
空き部屋の少ないディスプレイから、このホテルで高くもなく安くもないちょうど真ん中のグレードの部屋を選ぶ。女はこういうところをしっかり見ている。だからこそ、わざわざお金を出すそぶりを見せて、財布を出すんだと俺は思ってる。
部屋に入ると、まずは冷蔵庫を開けた。
最近のホテルは冷蔵庫に飲み物が入ってないところも多いけど、このホテルはしっかり入ってる。
「ビールでいい?」
そういうと女は小さく頷いた。
俺は300円と書かれた、ボタンを二つ押した。
カチッと音がして、冷蔵庫のショーケースが2つ開く。
本当はもう酒なんていらないのに。
取り出した缶ビールの蓋を開ける。
1つを女に手渡すと、女は小さくもう1つの缶ビールに打ちつけた。
俺は一口飲んで、ダウンジャケットからタバコを取り出した。女もブランド物のポシェットからアイコスを取り出した。
10分くらいかけてゆっくり火種を燃やしていく。
「明日って仕事なんだっけ?」
ソファーに隣同士で腰掛け、女の顔も見ずに俺は言った。
「うん。17時から居酒屋のバイトだよ」
そっか。と小さく頷いた。
スマホの画面には0:38と表示されていた。
「ホテルのチェックアウトが11時だから、今から寝て起きたらすぐバイバイになるのかな」
俺がそういうと、彼女は俺の顔も見ずに答えた
「そうだね。明日家帰ってから、少しでも寝てから仕事行きたいからさ」
別に、この女のことが格段好きなわけでもない。だって相手もそうだろうから。
いや、それはおかしいか。この女が俺のことを好きだとしても、やっぱり飛び抜けて好きだとはならないだろう。でもなぜだろう、終わりが見えていると、そういう錯覚に陥ってしまう。俺はこの女が、今この瞬間たまらなく欲しくなった。
タバコの日を消し、ビールを一口飲んだ。まだ口の中に麦芽の香りもタバコの香りも残ってるうちに、俺は女と唇を重ねた。
すぐに女の舌は応えてくれた。
隣同士で腰掛けていたソファーを背に女を押し付けた。俺はそのままダウンジャケットを抜いで、女の上着も脱がせた。
そしてもう一度軽くキスをして、立ち上がった。女の手を引き、たちあがらせると俺は浴槽のあるジャグジー付きのシャワールームに向かった。
無言のまま各々服を脱いでいく。先に脱ぎ終わった俺はシャワールームに入る。もちろん電気は全て消して、浴槽の中に取り付けられた微かな光のブルーライトだけを頼りに蛇口を捻った。
すぐに女も薄暗い空間に入ってきた。
女は恥ずかしがる様子もなく全身を晒していた。
半年前に一回やっただけなのに。あの時はあんなに恥ずかしがっていたのに。
俺たちが初めてやったのは、まだ俺の本命の相手がいる時だった。
絶対に彼女持ちには手を出さないという女の意思がどれだけ弱く、間抜けなものか俺は、その時すでに知っていた。
この女も、ものすごく間抜けなんだ。
裸になると左腕についたリストカットがものすごく目立つ、この女はいつ死んでもいいといつも言っていた。だから、ものすごく間抜けなんだ。
リストカットのことを悪く言ってるいるわけじゃない。ただこの女は、バイトを2つ掛け持ちして、服飾の専門学校に通っている。
25歳で1年生らしく、あと2年も学校通うみたいだ。
いつ死んでもいい。早く死にたいと言ってる人が、義務教育でもないましてや、20代半ばで学校に通っていることが、どれほど間抜けなのか気づかないのが、悲しいほど間抜けだった。
俺は寒いという女の肩からシャワーを流してあげる。当然のように俺に抱きついてくる。
俺は女の右腕を掴んで、身の前まで持ってきていた。赤い晴れた筋が何本も膨らんで見える。
その線に沿って一本づつ丁寧に舐めていく。
軽く噛むと、あっ、と女は声を上げた。血溜まりになったその線は、アザ同様押されると痛いみたいだ。
俺は昔からリストカットと刺青に興奮する。
それでも格別にいいのは、やはりリストカットだった。
こんなこといって昔タトゥーだらけの女に怒られたけど、刺青とリストカットの本質は一緒だと思っている。
どっちもその時の自己表現で、感情や出来事を体に刻んでいるんだ。
でも、それなら分かる人には伝わってしまうタトゥーより、自分にしかその傷一つ一つの意味を理解できないリストカットの方がよりアーティックだし、リフトカットを必死にテーピングで隠すさまも実に間抜けで大好きだった。
その傷を隠すさまは、自分で高い金を払って入れたタトゥーを世間の偏見なんかを気にして「消したい消したい」と言ってる間抜けさとは比べ物にならない気品さと間抜けさを兼ね備えているように思えた。
俺たちは、シャワーを終えると無言のままベッドに入っていった。
女の首を前から軽く掴む。だんだんと強く強く握っていく。
小さきと息がだんだんと大きくなっていく。女の体を、爪の先が当たるか当たらないかの程度でゆっくりと爪を立て触れていく。
ビクッと身体が動くたびに、その手を引っ込め女を焦らしていく。
すっと閉じていた瞳を開けて、触ってと言わんばかりに俺を見つめてくる女。
さらに首を絞めている力を強める。
ビクッビクッと大きく女の体が痙攣した。
まだクリトリスも乳首も触っていないのに女は果てた。
その瞬間、ペニスを、まだ指も入れていない膣に押し当て強引に挿入する。
女は、はぁっと両手で自分の顔を隠した。
俺は両手で無理やりその腕を剥がし、一点に女を見つめた。さっと目を離し横を向く女の頬を強く引き寄せ激しくキスをした。
好きでもない女と激しく何度もキスをして、何度も果てさせた。
アラームで目が覚めると時間は10時ちょうどだった。ホテルに着く前の店で、すでにアラームをかけていた。
隣で眠る女の子もスッと1人で起き上がり、まるで自分家のように、何も言わずにその足でシャワールームに向かった。
俺は起き上がり、小さいガラス張りのテーブルの上に放置された、タバコを咥え火をつける。そして昨晩のセックスを回想する。
俺はいく直前、女に好きか?と聞いた。その答えはまだ出てないみたいだった。
多分今後も出ないだろうし、俺も出て欲しいなんて思ってないんだろう。
2人で11時5分前に揃ってチェックアウトをした、駅までの距離はだいたい歩いて5分。
俺は何気なく次はいつ会うか聞いた。
「そんな急に言われても予定立てられないよ」
彼女はこちらを身もせず応えた。
お互いの相性が悪いわけでもないし、お互い嫌いというわけでもないんだろう。
この女が絶対彼女持ちには手を出さないと言った、あの『絶対』とは、全く違う意味で
俺らはもう絶対会うことはないんだろう。
駅まで見送り、俺はタクシー乗り場へ1人向かった。振り向くと、もうどうにでもなれなんて意気込みじゃなくて、私はどうにかなってるから元に戻してと言わんばかりの普通の女の背中が見えた。