第一章 第二節 準備 ー4ー
第一章
第二節 準備
ー4ー
身体を先に洗い終わった僕は、先に湯船に浸かり、姉が身体を洗っているのを待たされていた。
鼻歌を歌いながら、姉が身体を洗っている。
一応、身体を見てみた。
別にいいだろう、小学生だし。
BとCの中間くらいかな。
背、そんな高くないからな、優希、童顔だし。
中学時代から大人になるまで、顔つきや体型はほとんど変わらなかったし。
中学以降の妹の裸を見るのは初めてだった。
ジャーと、身体についた泡を流し、湯船に浸かる姉。
長方形の浴槽の対面に入るような形で座っている。
狭い浴槽だから、姉の両足の間に僕が入るような形になる。
太ももに挟まれている。
「カツカレー、不味かったでしょ?」
と、姉が口を開いた。
ーーー別に?普通じゃないかな?お店の料理じゃないし
ふぅん、と言って、僕の顔を掴み、ぐいっと引き寄せた。
そして、僕の耳に唇をかすめながら、小声で呟いた。
「いつから気づいてた?」
と。
ーーー知らない
と、僕は答えた。
「答えないなら、いたずらしちゃうぞ?思春期男子?」
耳をふーっ、と吹いてきた。僕の耳元に、姉の唇が近いままだ。
ーーーやめておきなよ。悲鳴上げるよ?
と、呟いて、僕の頭を掴んだ手を振り払う。
「好きな女の子とかいないの?」
ーーー何、言ってんの?いないし
「嘘つき。水野先生の話するとき、いつも目をキラキラさせるくせに。お姉ちゃんの目は騙せないよ?」
ーーー先生は、そんなんじゃないから?
なら!と、言って、姉が顔を近づけてくる。
唇が近い。
「先生と、お姉ちゃん、どっちが好きなの?」
目も近い。
僕は姉の頭をポカンと叩き、
ーーーどっちも好きじゃないよ、そういう、好きじゃない
姉は、狭い浴槽の中でも少し距離を取って、
「可哀想なけんにー」
と、呟いた。
ーーー別に何とも思わないさ。
「カツカレー交換したとき、お姉ちゃんがちょっと身体張ってあげてもいいかな。きょうだいだし?って思ったのに」
ーーーあ
「どうしたの?」
『なんか、一つだけ、何でも優希の言うこと聞いてあげるよ?』
『なら、キスして?』
と、言われて、スッと唇をかすらせるだけのフレンチキスをしたことがあった。
ーーー別に。何でもないよ。
ふーん。と答える姉。
ーーー姉さん、何で美術やってるんだっけ?
「しつこい。私は、自分の夢として、日本一の舞台美術ができるデザイナーになりたいだけ。理由は、分からないけど。何か、小さいときから思ってただけ。それより・・・」
ーーーそれより?
「ギター、大事にしてる?」
あの、Fenderか。
何であんなもの持ってるんだろう。
「粗大ゴミにされてたやつ、わたしが修理したやつ。あんなんでゴメンね。大学入ってバイトしたら、誕生日には、本物のギター買ってあげるから」
そうだったんだ。
ーーー修理、大変だったんじゃない?
「そうだね、割と。ネックの反りはどうしようもないかな。中の金属板がもうダメだね。持って、あと1年かな」
ヤバいな。姉さん。
楽器の知識も無いのに、センスだけであそこまで修理したって言うのか。
病院で触ったとき、全く違和感は無かった。
ーーー弾かないときは、弦を緩めるよ。ネックに負担、かからないようにする。ありがとう
粗大ゴミの収集の日だ。
『わ、カッコイイギター』
『ちょっと、父さんに貸してみな?』
『ああ、これは使えないな』
『何で?』
『治らないから、捨てられてるんだよ。大事に使われてきたんだろうな。多分、持ち主は新しいギターを買ったはずだ。ギターを辞めたから捨てたわけじゃない』
『そうなんだね、きっと、ギター上手い人なんだろうね』
Fなんとか、って書かれたロゴの黒いエレキギターだった。
あのギター、Fenderだったのかもしれないな。
ーーー
言葉が出てこない。
ーーー舞台美術、ってさ、どんな仕事するの?
実は、あまり知らない。
「大工さん、みたいな感じかな?設計図とか書いたり、セットを作ったり。ノコギリやトンカチ使ったりもするよ」
ーーーそうなんだ。力仕事なんだね。姉さん、それがやりたいの?
「やりたいね。日本武道館を、満員にするくらいの大きなライブ会場を、わたしが設計するんだ」
日本武道館を、満員にするようなライブ会場か。
僕は、優希が以前に見せてくれた、近未来的な舞台デザインを、目を閉じて頭に浮かべてみた。
舞台の中心にツインボーカルが立って、ベース、ドラムス、コーラスが3人。10人くらいの管弦が三段くらいにバックについて、大観衆を前にスポットライトを浴びる。
僕、サツキさん、舞台美術は、優希。
ベース、ドラムス、コーラス、管弦が足りない。
第ニ節 準備。完)
(第三節に続く)