ようこそ、王立魔法学院へ
王立魔法学院へようこそ!
この世界には6つの属性がある。
天の光、
清麗の水、
適度の風
肥沃の土、
動力の火
深淵の闇
六つの属性が世界を作り、日々の生活には必要不可欠となっていた。
魔族という私たち人族の敵対種族はかなりの割合で闇属性。そして、それに強い対抗する力を持つのが光属性。
しかし、魔族の侵攻が活発化している中、その光属性の人族が大変希少にあるのだという。修行で光属性に近しい存在にはなれど、産まれ属性には叶わない。
だから、魔王を倒すには私の力が必要なんだと頼まれた。
あれよあれよというままに、私は国の最高峰の学校に通うこととなった。何もわからないまま!
そうして、私は王立魔法学院の門を潜った。ロマネスク様式の石造の建物は荘厳で恐ろしささえ感じる。
その中で私は明らかに浮いていた。綺麗な服装をして、お洒落な髪型をしている子達とは違って、私はボロボロの擦り切れた服を着て、髪なんて適当に結ってるだけ。
彼らはなんでゴミがこんなところにいるのっていう目をしてる。
「あの。」
「えと、私?」
青い瞳、金髪の可愛らしい面差しをした綺麗な少年が私に声をかけてきた。
「はじめまして、君と同じ特待生のシュー。」
少し照れた様子で、挨拶して自己紹介をしてくれた。魔法は使えなくても、魔法の理論だけでこの学校に入ってくるんだものよっぽど優秀なんだろう。
「私はアニー!良かった、平民って私くらいかなって不安だったんだ。」
「ね。ここは貴族ばかりだから肩身がせまいよね。僕少しだけ早く入寮して学校探索してたから君より詳しいし、案内してあげるね。」
「ありがとう、どこがどこだか分からなくて困ってたの。」
シューは様々な話をしながら、校舎の中を案内した。少女の幽霊が出るという修練場に、異国の商人が商売している売店、精霊に祈りをささげる聖堂。たくさん教えてくれるけれども、ちょっとした物語なんか教えてくれるからするすると頭に入ってくる。
「本当に色々あるのね!」
「ねえ、僕も驚いているよ。さすがはオルレアンで一番の学校だよね。」
「シューってよく学校のことを知っているのね。すごい!」
「僕は調べごとが得意なんだ。…だから、アニーが知りたいと思ったことは僕に聞いていいよ。」
「…例えば?」
「ふふ、そうだなあ、君の好きな人の情報、とか。」
「好きな人?」
「好きな人じゃなくても、気になった人や今まで出会った人のこと色々聞いてね。僕は魔法は使えないけど、魔法のことはすごく詳しいから役に立てるかも!」
シューの声は少し震えていて、どことなく不安そうなのに、自信を持っているような妙な感覚だ。
「うん、頼りにさせてもらうね。」
私がそう言うと、シューは嬉しそうに微笑んだ。
その後ろで、ざわりと廊下の空気が入れ替わった。それはただ1人の女性の存在の影響だ。遠くからでもよくわかる凛とした雰囲気の女性は、護衛と侍女をつけており、他の貴族とは一線を画していた。しかし、冷たいという訳でもなく時折り呼びかけににこりと微笑む余裕すらあった。
「あ、王女殿下。」
これは予想外だったとでも言うようにシューは驚いた。「おうじょでんか」という単語がすぐに何かと判断できるほど、私の頭は優秀ではなかった。
「お姫様?」
幼い頃に聞いたことがある御伽噺に出てくるお姫様と彼女がだぶった。シューがそうだと頷く。
「もし、そこのお方。」
その高貴な方がシューとヒロインの前まで出てきたので、2人は頭を下げて道を譲った。それで済むと思っていると、正義感の強い王女様は2人に目をやった。
「貴方たち、制服はいかがしたの?そのような下着同然の恰好で恥ずかしくありませんこと?」
ショックだった。下着同然なんて言われてしまったが、私が普段着ているものはこれしかなかったし、制服というものを買えるほど裕福じゃない。それを訴えたら、学院は制服を与える訳でもなく、制服を着ないことを仕方ないとした。
それは目の前のシューも同じなようだ。
「用意ができませんでした。お目汚しさせて申し訳ありません。」
シューが頭を下げているのに、合わせて私も頭を下げる。
「お目汚し、ではなく、校則は守らなければいけませんのよ。堅苦しく感じてもルールはルールですわ。」
お姫様は正しいんだと思う。そして、他の人が遠巻きに見てる中、私たちがただルール違反をしているのだと思っているのであれば、同じ人間として見ているのだろう。
でも、私たちにはルールを守れるほどのお金がなかった。彼女が正しいことをしているのであれば、私たちもまた間違ってはいないと伝えようとするとシューに制止された。
「殿下、下々の私たちにまでご配慮頂き感謝いたします。」
私よりシューが前を出て頭をより下げる。
「手配が遅くなりご不快な思いをさせてしまってすみませんでした。」
「いえ、私は気にしてませんわ。でも、お気をつけなさって。」
彼女はニコリと微笑むと2人の前から去って行った。悪い人ではなさそうだ。だからこそ、嘘をついてしまったことが私には辛かった。
「…私お金持ってないの。どうしても制服は買えない。どうしよう。」
「僕もだよ。でも、あそこで王女殿下に訴えたところで不敬としか思われないよ。」
「じゃあ、どうして?嘘はいつかバレるよ。」
「王女殿下は凄く地位の高い人だもの、僕たちに声をかけるなんて滅多にないことだよ。バレたところで、すぐ何か言われることはないと思う。」
シューは高貴な人に何があっても否定する事はいけないという様々な階級の人が存在する王都の常識を守っているだけなのだと、後に私だって分かるのだけれど、この時の農民か商人としかほとんど関わりのなかった世間知らずには全くわかりっこなかった。でも、シューの声がことさら穏やかに母の如く言い聞かせるから私はただ頷いたのだった。
「1週間後には入学式で学校生活が始まってしまって、もう貴族の存在なんて無視できない。彼らは自身の見栄と地位に命をかけているから大変だと思うけど、頑張ろうね。」
そう言って女子寮までシューは送ってくれたのだが、そこで漸く彼は男子寮の人なんだと気づいた。
女子寮は古い建物で、壁には蔦が絡まっていて、神話モチーフのステンドグラスの窓は半円と長方形が合わさっておしゃれだ。花の形をしたドアノブを握ると、横からぬっと人影が現れてビクリと体を寄せる。
「おや、まあ、痩せっぽちのお嬢さん?あなたが特待生のアニー・ネルソンかしら。」
「は、はい!」
声をかけてきたのは、4.50代の優しげな女性だった。
「あたしはここの寮監であるモード・ドロッセル。マザー・ドロッセルと呼んでちょうだい。」
「よろしくおねがいします!マザー・ドロッセル!」
煤けたオレンジ色のお仕着せをきたマザー・ドロッセルは元はとある貴族の侍女長をしていたらしい。王国と学院側からマザーには話が言っているらしく、寮での決まり事を教えてくれた。監督生には逆らわないなど、学院から説明できないようなこともマザーは教えてくれた。
「マザーは貴族ですか。」
「親戚に貴族はいるけれども、あたしは平民だから気楽にね。」
「ありがとう、マザー。」
「学校は大変だと思うけれど、応援しているからね。いつでも寮監室に来てね。」
ここまで息つく暇もなく怒涛のように押し寄せてきたが、マザーの言葉にようやく一息ついたのだった。
―――入学式
ガランガランと鐘の音が響いて新入生たちは学院に迎えられた。男子学生であるシューとは式での席が遠くて、式が終わってから話しかけに行こうとしたけれど見つけられなかった。貰った地図を頼りに、自分の教室を目指していたが迷ってしまった。目の前に女子学生に囲まれた監督生の制服を着た男子学生居た。絶対に巻き込まれてはいけないと、くるりと踵を返す。その行動が予想外だったのか人にぶつかった。謝罪しながら顔を上げると、どこかで見た記憶がある背の高い男子学生だ。
「こちらもすまなかった。」
リボンタイの色は3年生で、なにかしら言われてしまうかと思ったけれど、あちらからも謝罪をして、さっさと目の前からいなくなった。すると、違う男子学生が後ろから声をかけた。
「ウィリアムにぶつかっていたけれど大丈夫?ええと、ポーチガールかな?」
絶対に関わらないと決めていた監督生の制服の男子学生だ。声をかけられて無視することもしてはいけないので、ははと怯えた声で苦笑いをする。
「だ、大丈夫れす。ま、前見てなかった私がよくなかったので!」
「オズワルド様、その子はオルレアンの光の子ですわ。」
彼の取り巻きの女子学生が冷たい目を私に向けながら、そう伝えた。
「ああ、例の。話題になっていたね。初めまして、僕の名前はオズワルド・アルバートだよ。生徒会で副会長をしているから、何かあったら言ってね。」
金近い亜麻色の髪をしたオズワルドは微笑みかけてくれるが、私には恐ろしいものに思った。
「…あ、ありがとうございます。」
すぐにでも逃げ出したいのに、それすらも出来ず硬直してしまう。シャルル王子や王女様もキラキラしていたけれど、この人も劣らず眩しい。
「オズワルド様はお優しいですわ。」
「素敵です。」
様々な女子生徒から賞賛の言葉を彼が一つ一つ丁寧に返しているうちにゆっくりと後退りをして、タイミングを見計らって物影に隠れた。はあとようやく息をついていると、ツンツンと肩をつつかれる。
「アニー、ようやく見つけた。」
「あ、ああ、シュー。良かった。あのキラキラしている人を前にして緊張してたんだよー。」
シューはあの人と首を傾げながら、物影から顔を出してオズワルドのことを確認する。
「ああ、オズワルド・アルバート、だね。オルレアン宰相閣下の次男だよ。」
「さいしょうかっか?」
「んーと、実際に政治の、うーん、行政機関を動かしているトップのことだよ。しかも、アルビオンっていうこの国で最も大きな領地を持ってる。彼本人も生徒会役員で、学院内でも影響力を強く持ってる。」
シューの懸命な説明すらも理解するには私の知識が乏しく、とにかく凄い人なんだろうとだけ認識した。
それからシューに案内されてオリエンテーションの教室に入る。シューがいなかったらオリエンテーション遅刻していた気がする。
「あっ、貴方は特待生の平民だろ。」
「え、あ、はいっ。」
指定されていた席に座ると、隣にいた男子学生に声をかけられた。
「緊張するな。大体同じぐらいの年頃だろ。俺の名前はニクラス・オールセンだ。名前聞いてもいいか?」
「はい!私はアニー・ネルソンです!よろしくお願いします、ニクラスさん!」
「ニックでいい。よろしくな、アニー。」
「うん、ニック。」
ニクラスは私の小汚い私服には一瞥もくれることなく、ただ真っ直ぐに私の顔をみて話しかけてきた。シューとマザー・ドロッセルを含めると、3人目だ。
「ニクラス・オールセン。静かにしたまえ。」
「いやぁ、すみません、プロフェッサー。精霊が話しかけてきたのでぇ。」
先生に注意されたニクラスはすっとぼけて、クラスの笑いを誘った。
違うクラスでオリエンテーションを受けていたシューにその話をすると、彼も楽しげに笑った。
「ニクラス・オールセン伯爵の次男だね。とても優しく勇敢で、よく民衆の為に働いている人だから、差別なんてないんだと思うよ。オルレアン王国の外縁地域だから、オルレアン王国内での立場は少し低いけど。」
「外縁?」
「元は違う民族で、違う文化を持って暮らしてきた人たちだから、現地語も違うんだ。オルレアン人はオルレアンであることに強い誇りを持っているから、そう言う人たちを馬鹿にしている面が多々ある。」
「王都の人って大変なのね。」
私が住んでいた場所には、全員が辺地の農民で、大きく立場が異なる人というのは稀だったから認識の違いに目眩がしそうだ。
「ニクラスは、海岸地域の生まれだから海鮮系が好きなんだって。王都は内地だし中々手に入らないだろうけど。あと、好きなタイプはアウトドアが好きだったり、アクティブな女の子らしいよ。」
「ありがとう。」
シューはたくさんのニクラスの情報をアニーに話した。せっかく友人になれたのだし、嫌われたくはないから、覚えておくに越したことはない。
「少しでも友人が多ければ、次の新入生歓迎会での宝探しゲームもやりやすいと思うし、班分けで一緒になれるといいね。」
「宝探しゲーム…。」
5日後に開催される、新入生と在校生の親睦を狙いとした宝探しのゲーム大会が開催されるらしい。
「班決めかぁ、怖いなぁ。」
「アニーなら大丈夫だよ!」
ーーーー