駄目だよ?ね?
「……帰ってきたみたいだな」
時計塔の部屋で窓際に寝そべっていたゲイボルグは耳をピクピクと動かしながら呟いた。まだ、門の辺りだ。双魔も一緒にいる。もう少し寝そべっていてもいいだろう。
「…………起きとくか」
と、思ったのだが、何となく勘が働いたので起きて出迎えてやることにする。身体を伸ばし、くるりと部屋の中を一周し、ドアの近くで部屋の主を出迎える準備をする。
ガチャ!バタバタバタッ!ボスンッ!
「ようっ!どうだっ……あん?」
ドアが勢いよく開いたと思うと、ロザリンはそのままベットに飛び込んだ。服を着たままベッドに入るのはかなり珍しい。
(…………こりゃあ、なんかあったな?)
「…………」
顔を枕に押し付けてピクリとも動かない。長くなりそうなのでゲイボルグはもう一度床に寝そべろうと後ろ足を曲げた。その時だった。
「…………ねぇ」
枕に顔を押し付けたままのロザリンがくぐもった声で話しかけてきた。
「あん?どうした?双魔に何かされたか?」
「……ううん……後輩君はいつも通り……変なのは私……かも?」
そう言うとロザリンはのそりと枕顔を上げてこちらを見た。顔が薄っすらと赤かった。決して差し込む夕日が見せた幻ではない。
「……後輩君といると……なんか……胸が変……イサベルちゃんが後輩君の隣に引っ越したんだって……教えてくれた……聞いてから……落ち着かないの……なんでだろう?ゲイボルグは分かる?」
「…………ヒッヒッヒッヒ!ヒーッヒッヒッヒッヒッヒ!!!」
「むぅ……どうして笑うの?」
自分の言葉を聞いて、大爆笑するゲイボルグに、ロザリンは枕を抱きしめながら頬を膨らませた。
「ヒッヒッヒ!……いや、悪い!……知ってるぜ。どうして、双魔といるとそうなっちまって、他の女のことが気になるのかもな……」
「本当?どうして?」
「ふぅ……そりゃあ、お前……────?違うか?」
ゲイボルグは一息つくとロザリンに教えてやる。その答えを聞いたロザリンは数秒ポカンとした後、もう一度枕を抱きしめてベッドの上をコロコロと転がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
金曜日、双魔は二日前と同じ噴水の前に立っていた。ロザリンのスマートフォンが届いたと連絡があったからだ。二日前と違うのは双魔がロザリンを待っているところか。少し早く来てしまったので、ロザリンは何も悪くない。
(……結局、呼び出されて話聞かれたな……また、ご馳走にもなっちまったし……まあ、警部殿がいいって言うならいいのか……)
双魔が思い出していたのは昨晩のことだ。ジュールから連絡が来てAnnaに呼び出されたのだ。事件の大枠は把握出来たが、細かい部分を確認して欲しいと言ってきたのだ。
Annaに着くと既にジュールが待っていた。仕事絡みの話なのを察したセオドアがいつものカウンターではなく、人に話を聞かれないように用意した個室に案内してくれたので、事件の詳しい話も聞くことができた。
件の強盗団は警備の厳しい金融機関ではなく、スマホショップを中心に襲っていた強盗団だったらしい。強奪したスマートフォンを転売して儲けていたそうだ。しかし、何度もやられるほど警察も馬鹿ではない。強盗団を捕えようと網を張っていた店に丁度、強盗団がやってきて、その場に双魔とロザリンが居合わせて今回の顛末に至ったらしい。
『ただの強盗団ならいいんだがねぇ……なんか、バックに意図引いてる組織がある気がするんだよ……ああ、今のはオフレコな?』
などとジュールは言っていた。「刑事の勘だ」と笑っていたが、何か掴んでいるのかもしれない。深入りするつもりはないので、それ以上は聞かずに、何杯か奢ってもらって、昨日はお開きとなった。
(組織ねぇ……まさか、警部殿が動いてるってことは……魔導関連……面倒なことにならなければいいが……)
「……ぇ……ねぇ……ってば!」
「そこのお兄さん!」
「ん?……俺か?」
ふと、意識を戻すと目の前に見知らぬ人が二人立っていた。年頃は双魔より少し上だろうか。片方は短い丈の派手なシャツで臍を出したホットパンツの露出が多い女性。もう一人も同じような格好をしていたが、こちらはデニム生地の超ミニスカートを穿いていた。
「そうそう、お兄さん!お兄さん、カッコいいね?誰か待ってるの?」
「ウチ的にはカッコいいよりカワイイと思うけどー、イケメンなのは間違いなしっしょ!暇ならウチらと遊ばない?」
(……どこかで見た状況だな……これは……)
二日前にも同じような光景を見た。違うのはこうして話しかけられているのがロザリンで、話しかけているのが男だったというところか。自分はいわゆる、逆ナンパを受けているらしい。
「いや、人を待ってるんだ……悪いな」
「ええー!誰―?友達?彼女?うウチらと一緒の方が楽しいよ!」
「そーそー!絶対そうだよ!」
(……ん?)
派手な女性二人組は諦めずにアピールを続けてくるが、その後ろから待っている相手がこちらに向かって来る姿が見えた。
「待ち人が来たので……」
「え?来たの!?どんな娘なのか確かめて……やろう……じゃない……」
「うわ!……スッゴイ美人…………」
現れたロザリンに二人は言葉を失っていた。ロザリンは真っ直ぐに双魔目掛けて歩いてくる。今日のコーディネートはレモンイエローのワンピースに青のジージャン、それと一昨日履いていたのと同じブーツだった。
「お待たせ。行こ」
「はいっ?あっ!ちょっと!引っ張らないでください!」
ロザリンは目の前に来たかと思うと、いきなり双魔の腕を取ってつかつかと歩き出した。
双魔を逆ナンしていた二人組の目の前にはもう誰もいない。
「……なんかさ……」
しばらくしてから呆けていたミニスカートの方がポツリと呟いた。
「……なに?」
「……スゴイイケメンって……カノジョもスゴイんだね……」
「…………それな……」
ロザリンに圧倒された二人はそのままもうしばらく、噴水の前で立ち尽くすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私のスマートフォン……」
時間は少し飛んで一時間半後、無事手続きと支払いを終えたロザリンと双魔は例のカフェテリアの例の席に、二人並んで座っていた。ロザリンは手に持った緑色のスマートフォンをジッと見ている。
因みにスマホショップでは双魔が救い出した店員さんとあの店の店長だという男性に深く感謝された。「感謝の気持ちを……」と様々なところで使える電子商品券を貰ったので、またこのカフェテリアを訪れたのだ。
「後輩君、お揃いだね?」
「っ!……そうですね」
ロザリンは双魔の顔を覗き込むと微笑んだ。滅多に見せない笑顔は威力がかなり高い。ゲイボルグの一撃並みだ。双魔は心臓が跳ね上がったのを誤魔化すように目を逸らした。
「失礼しますっ!また来てくれたんですねっ!」
そんなやり取りをしていると、この前のウエイトレスさんが注文を取りに来てくれた。今日は空いているので暇なようだ。
「この前と同じパフェが食べたい」
「フフッ!かしこまりました!それでは、お二人がカップルだという証拠にハグをしてください!」
「いや……つい一昨日見たでしょう?」
「これはルールですから!証明していただけないならご注文は承りません!」
ウエイトレスさんは満面の笑みで、双魔の妥協を断固拒否する構えだ。
「後輩君、んっ!……あ、ちょっと待って……これ」
ロザリンはハグをする気満々なようで、鼻息を荒くして両腕を広げた。のだが、何を思ったのか、ウエイトレスさんに買ったばかりのスマートフォンを差し出した。
「写真を撮って欲しい」
「なるほど!お熱いですね!妬いちゃったりして!かしこまりました!お任せください!」
「うん、ギュッとしてるところを一枚」
「ロザリンさん……ちょっと」
「嫌?」
「嫌……じゃないですけど……」
分かり切ったことだが、ロザリンの押しに弱い双魔は首を縦に振るしかない。その隙に、ウエイトレスさんはロザリンと双魔の前に回ってスマートフォンを構えて撮影の準備を整えていた。
「お二人とも!よろしいですか?」
「うん」
「……ええ」
「それじゃあ、撮りますよ?準備はいいですか!?はい!笑顔で!」
「チュッ」
「っ!?」
「あらぁー!」
カシャッ!
写真を撮る音が鳴り響く瞬間、双魔の頬に温かく柔らかいものが当たった。ウエイトレスさんが持つ緑色のスマートフォンの画面には、目を閉じて双魔の頬にキスをするロザリンと、驚いて少し間抜けな表情になった双魔が映っていた。
ウエイトレスさんが驚いたような、嬉しそうな、そんな表情で画面と二人を見比べている。
ロザリンは思い出す。ゲイボルグが教えてくれたことを。助言してくれたことを。
『ふぅ……そりゃあ、お前……双魔に女として惚れちまったってことだろ?違うか?』
『まあ、双魔には既に二人女がいるが……アイツは器のでかい男だ!鏡華とイサベルもな!だから、安心して……双魔を落としちまいな!ヒッヒッヒッヒ!』
「後輩君」
「ろっ、ロザリンさん今のは……」
「私のことも、好きになってくれなきゃ駄目だよ?ね?」
そう言って、ロザリンはもう一度微笑んで見せるのだった。