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『盟約のティルフィング』エピソード集1  作者: 精神感応4
『ロザリンのお願い』
38/42

夕照に風は吹き

 「はむっ……むぐむぐ……うん、これも美味しいね」

 「そうですか。あとどれくらい食べますか?」

 「うーん、もうちょっと?」

 「そうですか」


 パフェを二人で食べ終えてしばらく経った。双魔とロザリンはまだカフェにいた。そして、今度は先ほどとはまた毛色の違う視線を集めていた。


 と言うのは、ロザリンは巨大なパフェを九割五分ほど食べたのだが、それだけでは足りず、メニュー表に載ったメニューを片っ端から頼んでいるのだ。


 双魔が開いているメニューは十ページほど。今は八ページ目くらいまで完食している。テーブルの上は空の食器で一杯だ。細身の美少女が異次元の健啖ぶりを見せれば注目が集まらないはずはない。


 ちなみに双魔は二杯目のアイスティーをお供にハムサンドを食べている。ハムの塩っけに少ししつこいマスタードバター、瑞々しい胡瓜が調和を成していてかなり美味だ。


 「さて」

 「は、はーい!」


 双魔は軽く手を上げてウエイトレスさんを呼んだ。大量の料理を運んだせいか笑顔に疲れが滲んでいるように見える。


 「……すいません」

 「いえ!店主も久々に料理をたくさん作れて楽しいみたいなので、大丈夫です!」

 双魔が申し訳なさそうに笑って見せると、ウエイトレスさんも笑顔で答えてくれた。

 「これで最後なので……このページのスパゲッティを全部お願いします」

 「はい!かしこまりました!マスター!」


 ウエイトレスさんはさらさらと伝票を書くと小走りで注文を伝えにいった。


 「むぐむぐむぐ……」


 ロザリンは厨房の騒がしさや店内の騒めきなど気にせず、マイペースに食事を続けている。そんな姿を見て、双魔は思わず笑ってしまうのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「いいお店だったね」

 「満足しましたか?」

 「うん、お腹いっぱい」


 あの後、追加注文したスパゲッティ五皿を綺麗に平らげたロザリンと双魔はカフェを出て通りを歩いていた。代金を払って店に出る時には厨房からわざわざ店主が出てきて見送ってくれた。ロザリンの食べっぷりに感動したのか、大盛メニューを作ろうかと言っていた。ウエイトレスさんは面白がっていたようだが、その後ろにいたウエイターさんは苦笑いだった。


 「さて……この後はどうしましょうか?」


 時間は午後四時前、春のこの時間はまだ明るい。ロザリンが行きたい場所があるなら連れて行ってあげたい。そう思ったのだが……


 「うーん……今日はいいかな?」

 「……そうですか?」


 ロザリンは少し考える素振りを見せてからそう言った。双魔からすれば少し肩透かしだったが、ロザリンは別に他に行きたい場所があるとは言っていなかった。


 「ティルフィングちゃんが待ってるでしょ?だから、今日はもう大丈夫。近いうちにまたお店に行かなくちゃいけないから、そのときはまたよろしくね」

 「そうですね……まあ、数日中には行くことになりますね」

 「うん、じゃあ、帰ろう」

 「分かりました。学園まで送ります」

 「うんうん、ありがとう。行こう」


 ロザリンは少し口角を上げると腕を組んできた。初めは恥ずかしかったが、双魔も大分慣れた。全く恥ずかしくないが、ロザリンの堂々とした様子に影響を受けたのかもしれない。


 来た時は待ち合わせだった。帰りは二人で歩いたことのない道を行く。かなりの頻度ですれ違う人が振り返っていた。ロザリンの美しさはやはり目を惹く。


 「♪」


 (……まあ、この人はそう言うのには全然気を止めないんだよな…………)


 そこまでも自由で風のような人だ。双魔はいつもそう思う。


 「後輩君、今日の晩御飯は?」

 「ん?夕飯ですか?左文に聞いてみないと分かりませんね……鏡華が作るかも知れないし、イサベルが作るかも知れませんし……」

 「イサベルちゃん?」

 「ああ、言ってませんでしたか。隣の空き部屋に引っ越してきたんです。だから、最近は一緒に飯食うことが多いんですよ」

 「……ふーん」


 ロザリンは特に驚くこともなく頷いていた。少なくとも双魔の目にはそう見えた。


 そんなこんなで話をしながら歩いていると学園の正面門に着いた。今日はここでお別れだ。ロザリンが腕から手を離す。


 「今日はありがとう、また、よろしくね?」

 「ええ、店から連絡がきたら一緒に行きましょう。それじゃあ」


 手を振るロザリンに双魔も手を振り返し、爪先を家路に向けた時だった。


 「後輩君」


 ロザリンに呼ばれた。双魔は何気なく振り返る。双魔の燐灰の瞳に若草色の少女の姿が映る。


 ザァァァァァァァァーーーーーー!!


 「────」


 黄昏を迎える春の強風二人の間を駆け抜け、音が奪われた。思わず細めた視界にはロザリンが微かに口を動かしているのが映った。


 風は去っていった。飛ばされた常緑樹の艶やかな葉が夕照を反射して輝きながら宙を舞う。


 「何か……言いましたか?風で聞こえなくて……」

 「ううん、何でもない。じゃあ、また明日」

 「あ、ちょっ…………何か言ってたと思ったんだけどな……」


 ロザリンは門を潜って風のように走っていった。


 ザァァァァァァァァーーーーーーー!!…………


 また、風が吹いた。ロザリンの後姿は既に見えなくなっていた。バサバサとローブが音を立てる。


 「帰るか……」

 『…………』


 今度こそ、踵を返し、家路につく双魔の背中を時計塔の上から一つの影が見つめていた。


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