パフェは美味しい
「……二十九……三十っ!はい!三十秒経ちました!」
お互い、似て非なる方向に意識が飛んでいきかけた時だった。カウントをしていたウエイトレスさんがハグタイム終了を知らせる大きな声を上げた。双魔の意識は一気に戻ってきた。
「っ!ロザリンさん……三十秒、経ちましたよ……ロザリンさん?」
「…………もっと……」
「はい?」
指定されたハグの時間を超えたにもかかわらず、反応がないので呼び掛けてみる。すると、ロザリンの返事は予想外のものだった。
「……もっと、ぎゅーってしてたい……これ……好き……」
ロザリンは風呂に入ったかのように頬を上気させ、気持ち良さそうに双魔の頬に自分の頬を擦りつけてくる。
「っ!ロザリンさん!パフェ!食べるんでしょ!?」
「……パフェも食べたいけど……ぎゅっとしてたい……」
「「「…………」」」
「ふ……ふふふふ……」
おかしなスイッチが入ったのか、完全な甘えん坊モードのロザリンと動揺する双魔を客たちはかたずをのんで見守っていた。勿論、集まっている好奇の視線に双魔は気づいている。とんでもなく居心地が悪い。終いには、ウエイトレスさんが尋常でない笑みを浮かべていた。何故か目が血走っている。
「す、すいません!とりあえず、パフェは頼めるってことでいいんですね!?」
「は、はい!ごちそうさ……じゃなくって!ありがとうございました!お二人の愛情はバッチリ見定めさせていただきましたので大丈夫です!それでは、スウィートハートパフェお一つとアイスティーお二つですね!少々お待ちください!」
(……「ごちそうさまでした」って言いかけたよな……)
ウエイトレスさんは何に興奮したのかいまいちわからないが、伝票をさらさらと書くと軽い足取りで厨房に向かっていった。その背中を見送るついでに店内を見回すと、一瞬前まで感じでいた客たちの視線はほとんどなくなった。双魔に気づかれたと思ったのだろう。
「……ロザリンさん、パフェ頼みましたよ。別に嫌って訳じゃないですけど……一旦、離れましょう?」
「……やだ……」
「……子供じゃないんですから……後でいくらでも抱きついていいですから……」
「っ!ほんとっ!?」
「っ!は、はい…………」
「うん、じゃあ、後でね。約束」
ロザリンは双魔の提案を聞くとすぐに目を合わせて嘘でないかを確かめてきた。余りの勢いに双魔が頷くと、身体を離してお行儀よく椅子に座った。
(……まさか……言質取られたのか?いや……でも、ロザリンさんだしな…………)
ロザリンはいまだに掴み切れない飄々且つふわふわしているところがある。要は何を考えているのか分かりにくい。
「……スパゲッティも美味しそう……」
ロザリンは双魔に横顔を見つめられていることも気にせずに、今度はメニュー表を捲っている。数十秒前まで、ハグをやめることを渋っていたとは思えない。
(……女の子って難しいな…………)
「……はぁ…………」
「うん?」
双魔のため息に、ロザリンはメニュー表から顔を上げて首を傾げるだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お待たせいたしました!スウィートハートパフェとアイスティーです!」
「……大きいね。美味しそう」
「そうですね……でかいですね……」
しばらくするとウエイトレスさんがカラカラと音を立てて、食事用のワゴンに巨大なパフェを載せてやってきた。メニュー表で見た写真よりも明らかにサイズ感が大きい。大きすぎてウエイトレスさんでは持てないのか、ついてきたウエイターさんが両手でグラスを持って、慎重にテーブルの上にパフェを運んだ。
パフェが載った瞬間、テーブルが沈んだように感じるほどの重量感だ。
目の前にしてみるとスウィートハートパフェはやはり巨大だった。何しろ山頂が普通に座っている双魔とロザリンの視線より少し上にあるのだ。
(……カップル限定ってよりはフードファイター限定なんじゃないのか?)
写真通り色とりどりのフルーツに可愛らしい装飾のパフェだが、カップル二人でも食べきれないのではないかと思う。
「それでは、ごゆっくりお召し上がりください」
一仕事終えたウエイトレスさんとウエイターさんは爽やかな笑顔で去っていった。
「それじゃあ、食べよう」
フンスッ!と気合たっぷり、ハイテンションなロザリンはスプーンを手に取ると、天辺の苺とクリームをたっぷり掬い取り、パクリと頬張った。
「はむっ……むぐむぐむぐ……っ!はむっ……はむっ……むぐむぐむぐ!」
一口食べるとロザリンは目を見開いてそのままパクパクと食べ進みはじめた。どうやらかなり美味しいらしい。
(…………もう、グラスから出てる部分が半分に……)
「!後輩君」
「ん?何ですか?」
ボーっとロザリンの横顔を見ながらアイスティーを飲んでいると双魔の視線に気づいたのか、スプーンでクリームまみれのフルーツを掬ってこちらに差し出してきた。
「はい、美味しいよ?あーん」
「……あーん……むぐっ……」
鏡華やイサベルに散々食べさせられているせいで感覚が麻痺している双魔は特に何も考えずに差し出されたスプーンを口に入れた。
(ロザリンさんに食べさせてもらうのはなんか新鮮だな……ん、苺だ)
いつもは食べさせてばかりなのでロザリンの”あーん”は鏡華やイサベルにされるのとは違って少し気恥ずかしい感じがした。甘いクリームに包まれた甘酸っぱい苺が余計にそんな気分にさせるのかもしれない。
「美味しい?」
「……ん、美味いですね。クリームもしつこくないし……フルーツもいいのを使ってるみたいです……」
「うんうん。それじゃあ、はい」
「……仕方ないですね……どうぞ」
ロザリンは双魔の感想に満足したのか、今度はスプーンを手渡してきた。こちらもすっかり慣れている。双魔はパフェを一掬いするとロザリンの前に差し出した。
「はむっ……むぐむぐむぐ……後輩君に食べさせてもらう方が美味しい……かな?」
「……そうですか……まあ、お気に召すまま」
「あーん……はむっ……むぐむぐ……」
双魔はもう一掬いするとロザリンの口元に運んでやる。ロザリンはそれにパクリと食いつく。時々交代しながら、そんなやり取りをグラスが空になるまで続けるのだった。