間がいい刑事
店員さんが機種の在庫を確かめに行ってから十分ほど経っただろうか。なかなか戻ってこないので、出してもらった紅茶を飲みながら話していた。
店も二人が来店してからしばらくすると大分人が増えてきた。混む時間帯なのだろう。
店内を少し見回してからロザリンに視線を戻す。すると、ロザリンは店の外の一点を見つめてた。
「ロザリンさん?外に何かあるんですか?…………」
自分もそちらを見てみる。すると、一台の黒いバンが止まっていた。店に入った時にはなかったはずだ。車体後部の窓は濃いスモークガラスになっていて中は全く見えない。こちらから見える運転席もカーテンが掛けられていて同じく中は見えない。見るからに怪しい。怪しすぎて逆に疑うのを止めたくなるほどだ。
「……あの車、変だね」
ロザリンも同じことを思っていたらしい。まるで強盗が逃走に使うよう車両だ。をもう少し見ようと双魔が立ったその時だった。
「後輩君!」
「っ!」
ロザリンが鋭い声で双魔を呼んだ。それを合図に双魔も身構える。
『な、何なんだ!お前たちはっ!?』
パンッ!!パンッ!!
『キャー――――――!!!』
直後、店の奥から乾いた銃声が二発と女性の悲鳴が響き渡った。店内がどよめき、客の数人はパニックに陥ってその場に崩れ落ちたり、店の入り口に向かって走りはじめる。その他多くの人は銃声に身体が固まって動けなくなってしまっていた。
そして、店のバックヤードから起きた混乱につけ入るように、数人の客が死に物狂いで目指していた正面の入り口から全身黒づくめ、フルフェイスヘルメットを被った者たちが五人押し入ってきた。各々の手には拳銃が握られている。
「大人しくしろっ!!これが見えねぇか!がっ………」
先頭にいる男が拳銃を店内の人々に見せつけるように掲げ……そのまま前に倒れ伏した。これに他の四人が動揺した。
「なっ、何がっ…………」
一陣の風が吹き、もう一人も後ろに倒れ、気を失った。残りの強盗団三人と店内の人々が動揺する。双魔には何が起きているか理解出来ていた。
ロザリンが常人の目で捉えるには速さと気配遮断を用いて、強盗二人の鳩尾を拳で打ち抜いたのだ。
「ちっ!畜生!何だってんだ!!やってやる!!やってやるぞっ!!ぐえっ!…………」
三人のうちの一人が混乱して銃の引き金に指を蹴用とした瞬間、ロザリンに仕留められた。ここで、やっと残った二人が後ろに立ったロザリンの存在に気づく。
「ひっ!な、何だ!?このアマっ!」
「まっ!まさか!お前なのか!?こいつらをのしたのはっ!?」
「……銃を捨てて」
押し入ってきた時の威勢はどこへやら。腰砕けになり、間抜けな様子で振り返る強盗二人にロザリンは静かに言い放った。
「っ!」
が、そこでロザリンの血相が変わった。何かを感じ取ったのか、バックヤードの扉に視線を送った。
バタンッ!!
「……何の騒ぎかと思えば……何だぁ?このザマは……」
扉が勢いよく開き、正面から入って来た五人と同じ格好だが、明らかに体格のいい男らしきが三人姿を現した。
(…………ロザリンさんが動きを止めた原因はあれか……)
「んー!んー!」
バックヤードから現れた強盗の内の一人がロザリンのスマートフォンの在庫を調べてくれていたはずの店員さんの口を右手で押さえつけ、左手で首筋にナイフを当てていた。
「騒ぐなっ!ぶっ殺すぞ!」
身体を揺らして何とか逃れようとする店員さんの首からはナイフで薄皮が切れたのか一筋の血が流れていた。ロザリンはあの血の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。
「……情けねぇ!三人も伸されやがって!……やったのはお嬢ちゃんかい?」
「…………」
三人のうちリーダーらしき男がロザリンに声を掛けた。ロザリンは応答するはずもなく、ただ男たちを睨んでいる。
「はっ!答える気はないようだなぁ?まあ、いいぜ……こいつを殺されたくなきゃ……動くなよ?後でじっくり可愛がってやるからなぁ……」
ヘルメットの中からくぐもってより下卑て聞こえる声がロザリンに静止を命令した。
流れから推測するに、店員さんを盾に、外の黒いバンで逃走、ついでにロザリンを縛り上げて拉致するつもりなのだろう。
勿論、双魔は黙ってみているつもりはない。ロザリンが気を引いてくれたおかげで双魔には強盗たちの注意は向いていない。
見た限り、強盗たちの中で魔術に類する魔導を使える者も、魔道具を持っている者もいない。
(……三人同時が重要だな……それと、ロザリンさんみたいに気絶させるわけにはいかないな……)
気絶させてしまうと十中八九、男たちは倒れるだろう。その際に人質にされている店員さんが傷ついては不味い。立ったまま動けなくするくらいで済ませるのが最善だ。
「おいっ!」
(今だ、なっ!)
リーダーが人質をとっていない方の男にロザリンを拘束するように顎で指図した瞬間、双魔は右手の人差し指を三人に向け、狙撃するように魔力を放った。
「かっ!身体がっ!?」
「テメェまで何して……や……な、何だ!?身体が!?」
「お……俺も……動かな……い」
「くそっ!……くそっ!」
屈強な男三人の動きがピタリと止まった。身体を必死に動かそうと表情は踏ん張っているが、当の身体は言うことを聞かず、完全に硬直してしまっている。
双魔は以前、裏路地で怪しげな男たちに絡まれていたアメリアを助け出した時に行使した強力なガンド魔術”魔女の一撃”の威力を下げて三人に当てたのだ。
魔導に関わりのない三人は少なく見積もっても一時間以上はまともに動けないはずだ。
「り、リーダー!げふっ!」
「ごふっ!…………」
双魔の魔術を察知したロザリンはそれに合わせて残りの二人も拳で倒した。店内の強盗団はこれで完全制圧だ。が、強盗団は恐らく男たちだけではない。
外に目を遣ると、黒いバンが急発進する所だった。仲間たちの失敗を見て自分だけ逃げようとしたのだろう。
プーポープーポープーポープーポープーポー!!
しかし、けたたましいサイレンと共にバンの進行方向に数台のパトカーが現れて道を塞ぐ。
キキィーーーー!ギュルギュルギュル!
バンは急ブレーキを掛け、耳障りな音を立てながら逆方向への逃走を図った。
プーポープーポープーポープーポー!
が、警察もしっかりと挟み撃ちの準備をしていたようで、逃げる前に逆側も大型警察車両によって塞がれてしまう。
『ち、畜生!!』
往生際が悪いのか、運転席から転がり降りた男は走って逃げようとしたが、すぐにパトカーから降りてきた警官に取り押さえられる。
さらに、大型車両から防弾チョッキやライオットシールドで武装した警官たちが突入のために続々と姿を現す。
「さて、これで終わりだな……」
双魔は突入準備が終わるのを待たずに立ち上がるとナイフを店員さんに当てたまま硬直した男に近づいた。
「な、何だお前は!?この女をぶっ殺されてもいいのか!?」
「動けないのは分かってるからな。叫ぶだけ無駄だぞ」
「くっ!くそっ!テメェが何かしやがったのか!?あの女の仲間か!?」
「さあな……よっ……ふっ!っと」
いくら凄まれても男たちは動けないのだ。双魔は男の腕を外側に軽く広げてから、ナイフを取り上げた。強く握りしめたまま硬直しているせいで取り上げるのは少し骨だった。
「……あっあっ……助かった……」
「っと、大丈夫ですか?」
解放された店員さんは安堵から力が抜けたらしく、倒れそうになるのを腰に手を回して支えてやる。
「あ、ありがとうございます……」
「ちょっと、失敬」
双魔はついでに首筋の傷口に手をかざした。淡い緑色の光が傷を覆い、すぐに血が止まり、傷も塞がった。
「立てそうですか?」
「……ご、ごめんなさい…………」
一応聞いてみたが、自分で立つのは難しそうだ。双魔は一番近くにあった椅子に店員さんを座らせた。
『突入!突入!』
双魔が店員さんから手を離し、腰に手を当てると同時に外から鋭い合図が聞こえた。直後、外で構えていた武装警官たちが凄まじい勢いで店内に雪崩れ込んできた。
「犯人と思わしき人物が五人倒れています!また、同じく犯人らしきが三人!」
「大丈夫ですか?」
「お怪我は?」
「うん、大丈夫」
「ご協力感謝します!」
座り込む客が多い中、一人立っていたロザリンに二人の警官が声を掛けている。ロザリンが強盗団を倒したことは把握しているようだ。
「強盗団に立ち向かった女性を保護!」
「倒れている犯人はすぐに確保だ!お前たちは完全に包囲されている!大人しくしろっ!」
突入してきた隊員たちはロザリンに伸された五人をすぐさま捕縛し、立ったまま硬直している男たち三人には警戒しつつ、じりじりと距離を詰めていく。
「ん、俺は邪魔か……」
双魔が立っているのは彫像と化した強盗三人と警官たちの間だ。確保の邪魔になるだろうと動こうとしたのだが。
「動くな!お前も強盗団の一員か!?」
「……は?」
武装警官三人の構える銃口が、何故か双魔に向けられていた。