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『盟約のティルフィング』エピソード集1  作者: 精神感応4
『引っ越し?隠し子!?秘密の箱庭!!?』
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”水の貴婦人”

 「そう言えば……一つお聞きしたいことがあるのですが……」

 「うん?何かしら?」


 お茶会がはじまってからしばらく経った。和やかな空気の中、イサベルが遠慮気味にルサールカを見た。双魔のカップにおかわりの紅茶を注いでいたルサールカは満たされたカップを双魔の前に差し出しながら返事をする。


 「その……先ほどもお聞きしましたが……貴女は本当にルサールカなのですか?」


 イサベルは恐る恐るといった風にルサールカに問うた。双魔が横目にイサベルを見ると、緊張しているのか身体が強張っているようだ。そして、その横顔は少女ではなく、魔術師としてのものだった。


 「…………ええ、そうよ。私はルサールカ。スラヴの水精、”水の貴婦人”、そんな呼ばれ方もするかしら?」


 ルサールカが微笑みながら人差し指をクルクルと回した。


 ポチャッ……ポチャッ……コポコポコポコポ…………。


 すると突然、キッチンの流し台の水滴が宙に浮き、ルサールカの前で小ぶりのスイカほどの大きな水の塊となった。


 「っ!」


 イサベルはそれを見て目を見張った。ティルフィングもマフィンを手に持ってポカンと水の塊を見ている。


 「こんなこともできるわよ?」


 今度は水の塊に人差し指でチョンっとついて見せる。その瞬間、水の塊はドレスを纏った女性の形に変わった。そして、クルクルと再び指を回す。人形の水はその動きに合わせてクルクルと踊りはじめた。円舞曲が流れいるかのように錯覚させるほど滑らかな動きで空中を舞っている。


 「……おおー」


 ティルフィングは口元にマフィンの欠片をつけたまま感嘆の声を挙げる。


 「おみずー!」


 双葉の女の子は固まったイサベルの膝の上で踊る水塊に手を伸ばしている。


 パチンッ!


 それを見たルサールカが指を鳴らすと、踊る水塊から葡萄粒ほどの雫が分離して、女の子の双葉にぴちょんっと降り注いだ。


 「えへ!えへー!」


 双葉が潤されて気持ちがいいのか女の子はご機嫌だ。頭に小さな手を乗せてニコニコ笑う。


 「ウフフフフッ!どうかしら?信じてもらえた?イサベルさんは魔術師みたいだから、これくらいじゃ信じてもらえないかしら?」

 「い、いえ!そんなことありません!何もせずに水を手足のように操るなんて……熟練の魔術師でも難しいことをいとも簡単に…………貴女は本当に”水の貴婦人”なんですね……」


 通常、水を操るには自分の魔力をある程度水に溶け込ませる必要がある。イサベルは水のゴーレムを生み出す時に核となる鉱石を使用する。イサベルよりも熟練した腕を持つキリルも同じだ。その他の水魔術は術者の魔力を水へと変換させるものがほとんどだ。自然物を何の準備もせずに操って見せる。ルサールカが見せたのは、自然の化身である精霊に類する存在にしか許されない現象だった。


 イサベルはすぐにルサールカが本物であることを悟った。正確には悟っていた。会った瞬間から彼女が強大な力を持つ精霊だと分かっていた。ただ、確かめてみたかったのだ。名のある精霊に会うのは初めてだった。古き精霊はイメージしていたよりもずっと気さくだった。


 (……もっと怖い存在だと思っていたけれど……そう言えば……精霊は怒らせなければ友好的なことも多いのよね……御伽噺なんかでもそうだし……でも……どうして双魔君が作った空間に住んでいるかしら?)


 「ねえ、今度は私から二人に聞いてもいいかしら?貴女たちに会ったら、どうしても聞いてみたいことがあったの!」


 イサベルが脳裏に浮かんだ問いを口にする前に、今度はルサールカが質問をする番になってしまったようだ。


 イサベルと鏡華は顔を見合わせると頷いた。


 「……聞きたいことですか?」

 「うちたちが答えられることなら」

 「ああ、そんなに身構えなくていいわ!もしかしたら答えるのは難しいかもしれないけれど、答えられないことなんかない質問よ」

 「……そうですか」

 「せやったら、大丈夫そうやね」


 (……まあ、分かっていたとは言え、ルサールカさんは鏡華とイサベルを気に入ってくれたみたいだな……よかったとかった……それにしても……おっちゃんはまだ帰って来ないのかね?)


 双魔は三人の会話を聞きながらカップを手にしてお茶を口に少しずつ流し込む。冷めて丁度いい温度になったお茶は香りだけでなく味も楽しめる。


 「それじゃあ、聞くわね?二人は双魔さんのどんなところが好きなのかしら?」

 「ッ!!んグッ!!ゴホッ!!ゴホッゴホッ!」


 ルサールカがニコニコと笑いながら鏡華とイサベルに聞いた瞬間、二人が反応する前に双魔が思いきり咽て、咳き込んだ。そして、膝の上のティルフィングもびくりと身体を大きく震わせた。


 「そっ!双魔君!?大丈夫!?」


 驚いたイサベルはすぐに双魔の背中に手を当てて摩ってやる。


 「ああ、お茶噴き出してもうて……お行儀悪いよ?」


 鏡華はハンカチを取り出すと双魔の口の周りを拭い、空いた方の手でイサベルと同じように背中を摩ってやる。


 「び、びっくりした……大丈夫か?ソーマ?」

 「ゴホッ!……だ、大丈……夫……だ……ケホッ!イサベルも鏡華も……悪いな」

 「あらあら?双魔さん、どうかしたの?」


 涙目になりながらルサールカを見ると楽しそうに笑っていた。精霊や妖精は基本的に悪戯好きなものだ。


 「……分かってるだろ?ケホッ!……そういうのは本人がいないところでやるもんだ……」

 「あら?そう言うものなの?」

 「「…………」」


 ルサールカに視線を送られた鏡華とイサベルは少し頬を染めながら頷いた。その時だった。


 『おーい!帰ったぞー!』


 家の外から蛙のようなガラガラ声が聞こえてきた。タイミングよくもう一人の家主が帰ってきたようだ。


 「あの人が帰って来たみたい。確かに双魔さんが言う通り、さっきの話は女だけで話した方がいいかもしれないわね?また今度、付き合ってくれるかしら?」

 「言ってくれれば、いつでも二人を連れてくるからまた今度にしてくれ。鏡華も、イサベルも、それでいいよな?」


 また、蒸し返されては堪らない。双魔が早口でまくし立てると、鏡華とイサベルは頷いてくれた。


 「ウフフッ!それじゃあ、約束よ?」

 『おーい!ルサールカ?いないのか?両手が塞がってるんだ!』

 「はいはい!今行くわ!」


 ルサールカは立ち上がって双魔たちに目配せをすると、扉に向かって夫を出迎えに行くのだった。


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