隠し子発覚!!?
(……入ればいいのに……ったく、何してるんだかな……)
「……はあ……」
今度は片目を瞑って右手の親指でこめかみをグリグリと刺激しながら息をつくと足を早めた。
「…………」
玄関の前を行ったり来たりしている人影は少し下を向いているのでこちらには全く気づいていない。近づくと段々とその表情がはっきり見えてくるのだが、何やら思い詰めているような、気まずさを感じているような、恥ずかしがっているような、嬉しそうな……とても一言では表せないような複雑な表情を浮かべ、綺麗な紫黒色のサイドテールをゆらゆら揺らしている。
「……どうしよう……こんなにいきなり……迷惑と思われることはないと思うけれど…………ああ、もう……お母様は……」
もうこちらに気づいてもいい程度の距離なのだがブツブツと独り言を呟いていて双魔に全く気づいていないようだ。仕方ないので、双魔はもう一度頭を掻くと声を掛けた。
「……イサベル、どうしたんだ?入らないのか?」
「っ!!?そっ、双魔君!?」
声を掛けられてやっと双魔に気づいたのかイサベルはビクリと身体を震わせた。いつもの動きやすいブラウスとパンツスタイルで手にはお馴染みのバスケットを持っている。
「今日は何も聞いてないが……」
「そっ!そうなの!急に来てごめんなさい…………」
「何かあったのか?」と聞こうとしたのだがイサベルの早口な返答に遮られてしまった。見るからに様子がおかしい。
(…………まさか、また何かあったのか?)
双魔の脳裏にオーギュスト=ル=シャトリエの顔が浮かんだ。もしかするとイサベルは深刻な悩み事があって訪ねてきたのかもしれない。そう思うと双魔は自然とイサベルの両肩に手を置いていた。
「……また、何かあったのか?俺に何かできることはあるか?」
「えっ!?えっ!?」
イサベルの顔がボッと燃えるように赤くなった。もし何か問題が起きているならイサベルははっきりと言うはずだ。しかし、目の前のイサベルはどうやら混乱しているように双魔には見えた。つまり、双魔の早とちりだったようだ。
「……その……特に問題はないと言うか……ああ、でも問題じゃないのだけど……そのぅ…………えーと……」
イサベルは特に問題はないと口にしつつも言い難い本題があるようでぽしょぽしょと口を動かしながらまた視線を下げてしまった。
(こうなると押すよりは引いた方が、いや鏡華も交えて話すのがいいか……)
イサベルと正式に付き合いだしてから双魔も恋人への理解を深めている。鏡華は人から話を聞き出すのが上手いし、イサベルと鏡華は双魔から見てかなり仲がいい。
「まあ、とりあえず中で話そう」
「あっ……ええ……お邪魔するわ……」
イサベルがぎこちないながらも頷いてくれたのを確認して双魔は呼び鈴を鳴らした。
ピーンポーン!……ガチャッ
「ん?早いな」
呼び鈴を鳴らすとすぐに鍵が開いた。丁度誰か玄関にいたのかもしれない。双魔は少し気になりながらドアを開けた。
「ソーマっ!おかえりなさいだ!」
「ん、ただい……ん?」
「…………」
鍵を開けてくれたらしいティルフィングに返事をした双魔だったが視線がある一点で止まった。いつもならティルフィングが飛びついてくるのが今日はそれがなかった。
その原因が目の前にいた。何やら見慣れない女の子がティルフィングと自分の間にちょこんと立ってこちらを見上げている。頭からは大きな双葉が生えていてどう見ても只者ではない。が、心当たりのある雰囲気を纏っていた。それにこの声も聞き覚えがある。
「……お前さん……まさか……」
「っ!ぱぱっ!」
「っと!危ない!」
双魔の顔を凝視していた女の子は突然嬉しそうに笑うと双魔の胸に飛び込んできた。双魔は驚いたが何とか受け止める。ティルフィングで慣れていたのが功を奏した。
しかし、問題はそこではなかった。女の子が口にした一言が実に衝撃だったのだ。
「……ぱぱ?」
ティルフィングは首を傾げただけだったのだが、廊下の奥から女の子の声を聞いて出てきた鏡華と左文はそれぞれ直視しにくい表情を浮かべていた。
「……双魔……うちの知らないところで……別に構へんけど……黙ってるんは酷いと思わへん?」
「……坊ちゃま?どういうことでしょうか?左文にも分かるように説明してくださりますか?」
鏡華は着物の袖を口元に当てて「よよよっ」と泣き出しそうな仕草を見せる。左文は笑みを浮かべているが明らかに怒っている。ティルフィングを初めて連れて帰った時と同じ顔をしている。
「待て、明らかに誤解して……」
「ぱぱー!!」
「……双魔君……私と同じ年なのにこんなに大きな子が…………」
「だから誤解だ……」
「ぱーぱー!」
誤解を解こうにも双魔に抱かれた女の子がタイミングを狙っているかのように「ぱぱ」と呼んで顔を擦り付けてくる。
しかも、今度は後ろにいたイサベルまでもが悲しそうな顔で双魔を見つめていた。
(…………これが修羅場ってやつか……)
「む、そやつだけズルいぞ!我も!」
一人だけ状況がよく分かっていないティルフィングは無邪気に双魔の腰に抱きついてくる。
家に帰って来ただけなのに何故か修羅場。双魔は玄関の天井を見上げて遠い目をしてしまうのだった。