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えっと、少々お待ちください~声フェチだった私は悪役令嬢CV:なしの台詞を覚えていない~

 皆さんが乙女ゲームをプレイする際に拘るのは何ですか?ストーリー?美麗のスチル?やり込み要素があること?前世の私にとって、それは『声』だった。


 まずは前世の私を紹介したいと思う。名前は鈴本サクラ。喪女な大学二年生。趣味は乙女ゲームやら声優さんが囁いてくれる系のCDを聞くこと。まあ要するに声フェチのオタクで、『声』に関わる事なら超人的な記憶力を持ち、長い台詞でも脳内再生余裕だった。


 それに反比例して文字が苦手。本を読むと目が滑るし、文字は頭に入って来ない。百人一首を声優さんが読み上げてくれていたなら百首全部覚えられたのに・・・古典の勉強用CDはありませんか?


 そんな私は、イヤホンを付けたまま横断歩道を渡っている時に信号無視のトラックに突っ込まれて命を落とした。ながら歩きは反省すべきかもしれない。でも、信号無視が絶対悪い。


 そんな私が生まれ変わった先は、乙女ゲーム『君に愛を囁く』の世界の悪役令嬢フランシスカ・ウィラード公爵令嬢だった。フランシスカは攻略対象であるハーシェル・イングリス第一王子の婚約者で、ヒロインに嫌味を言ったり、嫌がらせをしたり・・・色々と妨害行為をしてくるキャラクターだった。まあ、その妨害行為の度にハーシェルが『良い声』でお詫びの言葉をくれたり慰めてくれるのがゲームの醍醐味なんだけどね。そんな『良い声』の『フランシスカ・ウィラード!君との婚約を破棄する!!』という台詞があったからこそ、自分が悪役令嬢である事を思い出せたのだけど・・・。


 そんな前世の記憶を思い出したのは7歳の時。ハーシェルの婚約者になったことを父親であるウィラード公爵から聞いて、喜びのあまり寝台の上でゴロゴロし過ぎて柱に頭を打ったからだった。すごく痛かった。痛さと引き換えに思い出した前世の記憶によると、ヒロインがハーシェルを攻略した場合、フランシスカは婚約破棄されて終わる。その後の描写は一切無かった。大変不安である。修道院に行ったとか誰かの後妻になったとか・・・悪役令嬢にも設定をください。


 フランシスカはアグレッシブだったが、サクラは違った。サクラが混ざった現在のフランシスカには、『婚約破棄されないように努力する』とか『婚約破棄上等!それまでに色々と身に付けよう』といった考えは浮かばなかった。流されるままに婚約者としてハーシェルと顔合わせをした。


 同じく7歳であるハーシェルは、声変わり前の美ショタであった。女性声優さんが演じる少年の様な声は、それはそれで良いのだが、やっぱり好きなのは男性声優さんの『良い声』だと再認識した。その点、国王陛下が『良い声』だったことは嬉しい誤算だった。第一王子の婚約者とは云え、国王には滅多に会えるものではない。しかし、会いたいなら城に行くしかないので、城に行く機会があれば必ず行った。


 少しずつだが王妃教育も始まった。勉強が苦手な前世を思い出していたフランシスカは、どうせ婚約破棄されるのだし・・・と王妃教育に乗り気でなかった。だが、ここで更なる嬉しい誤算があった。なんと、フランシスカはサクラと違って文字が頭に入るタイプの人間だった。本を読むことが楽しいと思えたのは初めてだったこともあり、フランシスカは勉強に積極的になった。偶にハーシェルと一緒に勉強することがあり、そんな時は国王が様子を見に来ることがあった。『良い声』で褒められると、一層勉強に身が入った。


 そんなフランシスカを見続けていたハーシェルは、何とも言えない気持ちを抱いていた。実はこの時点でゲームの設定とは違う道を進み始めていた。


 ゲームの中のフランシスカは、婚約者であるハーシェルに並々ならぬ独占欲を持っており、城の侍女に対しても悋気を起こす。そんなフランシスカのことをハーシェルは心の中で鬱陶しく思っている。そんな設定であった。


 しかし現実は設定とは異なり、フランシスカはハーシェルに興味が無い。自分に興味が無いにも関わらず、王妃教育を始めとした勉強に真剣に取り組んでいる。どうやら父である国王に褒められるためであり、父から声をかけられると嬉しそうに赤くなる。父や母、周囲の大人たちは、その様子を微笑ましく思っている様だったが、ハーシェルの心の内は複雑だった。ハーシェルがもう少し年齢を重ねていれば、親に取り入ろうとしていると考えたかもしれない。しかし現在7歳のハーシェルには、フランシスカが国王に恋をしているようにしか見えなかった。


 自分の婚約者なのに何故?7歳の割には聡いハーシェルは、フランシスカと将来を共にすることを受け入れていた。そして、出来れば父と母の様に仲良くなりたいと考えていた。なのに、フランシスカは父と仲良くなりたいと全身で表現していた。そして、自分とは一線を引いている。婚約者は自分なのに何故?ハーシェルは国王に対し幼いながらヤキモチを焼いていた。


 そんなハーシェルの気持ちを知る由もないフランシスカは、今日も今日とて城に居た。そして国王陛下に会えるかな~とソワソワしていた。だから、ハーシェルが自分の腕を引っ張って庭まで連行したことに大変驚いていた。


「ハーシェル殿下、どうなさったのですか?」

「・・・フランシスカは父上が好きなのか」

「え!?」

「父上には母上が居るから駄目だぞ!」

「あ、はい」

「それに、フランシスカは僕の婚約者だ!」

「ぞ、存じております」

「分かっていなら何故、父上が好きなのだ!」

「えっと、殿下は誤解されていらっしゃいます」

「誤解?」

「はい。私は国王陛下が好き・・・というより、陛下の『声』が好きなのです」

「・・・声?」

「はい。陛下はとても素晴らしい声でいらっしゃいますので」

「・・・僕の声は?」

「えっと、とても可愛らしいと思っております」


 ハーシェルはショックを受けた。フランシスカが帰った記憶が無いくらいショックだった。可愛らしい・・・褒め言葉では無かった。どうしたら父の様な声になれるか悩んだ。悩んだ挙句、直接父に問うた。問われた父親は大笑いだった。


「なに、成長すれば声は変わる。変声期というヤツだ」

「変声期はいつ来るのですか?」

「余は12歳だったな。ハーシェルも同じ頃だろう」


 その予想は当たり、ハーシェルは12歳で声変わりが始まった。半年ほどでフランシスカの記憶と同じ『良い声』になった。


 フランシスカは困惑していた。ゲームの舞台は15歳から入学する学園であった。だから、15歳以前のハーシェルの事は知らない。声変わりを終えた『良い声』のハーシェルは、事あるごとにフランシスカの耳元で囁く。昇天しそうだった。


「フランは父上より僕の声の方が好き?」

「・・・陛下も捨てがたいですが、ハーシェル殿下の声も大好きです」

「声だけ?」


 耳元で囁かれると顔を真っ赤にする。そんなフランシスカをハーシェルは愛していた。フランシスカもハーシェルを慕わずにはいられなかった。ゲームと違って、2人の仲は大変良かった。


 そして、とうとう15歳になった。乙女ゲームの始まりである。入学初日、2人は並んで学園内を歩いていた。歩きながらフランシスカは考えていた。ゲームの通り、ヒロインに嫌味を言うべきだろうか。嫌味を言わなければ、ハーシェルの慰めボイスが聞けない。オタクの性である。


 ただ、問題があった。『君に愛を囁く』の悪役令嬢はボイスが無かったため、台詞が思い出せないのだ。ぶっちゃけ読み飛ばしていた。悪役令嬢失格である。


(講堂に行く途中でヒロインが走ってきて私にぶつかるのよね。それで、私は殿下に支えられるけどヒロインは倒れちゃって・・・そんなヒロインに嫌味を言うのだけど)


 どんな嫌味だったっけ?確か殿下の台詞が『フランシスカ嬢。そんな風に悪意のある例えは良くないな。君、大丈夫か?』だった。何かに例えるのよね。何だろう・・・。


 そして、その時が来た。考えながら歩いていたフランシスカはヒロインと衝突した。すぐに横に居たハーシェルが支えてくれたが、かなりの衝撃だった。これは嫌味の一つも言いたくなる。


「フラン!怪我は?」

「私は大丈夫です。えっと・・・」


 ヒロインは廊下に倒れている。その様子を何かに例えなくてはならない。フランシスカは使命感を滾らせていた。


「えっと、そちらの方は・・・倒れていらっしゃる様子が・・・えっと・・・」

「フラン?」

「殿下、少々お待ちください。えっと・・・何に似てるのかしら?」

「そうだね。強いて言えば潰れたカエルかな?」

「まあ、カエルは潰れるのですか?」

「フランは見なくて良いよ。あと、フランにぶつかって来る様子はイノシシに似てた」

「そんなに全力で走られていたの?貴女、廊下を走ってはなりませんよ」


 あれ?これで良いんだっけ?フランシスカは混乱している。そして、それはヒロインも同じだった。ノロノロと起き上がったヒロインは頭をさすりながら小さな声でブツブツ呟いていた。「台詞が違う」とかなんとか・・・。


「君、フランにぶつかって謝罪もないのか?」

「殿下、私も考え事をしておりましたし・・・」

「そもそも淑女が走るなんて・・・信じられない」


 攻略対象がヒロインに言う台詞ではない。仕方なくハーシェルを宥めていると、ヒロインが小さく「ごめんなさい」と言って立ち去った。


 入学式を終えた2人はクラスでの顔合わせを終えて帰路についた。ゲームでは同じクラスのハズのヒロインが居なかった。クラス分けテストの結果を見ると、ヒロインのレナ・ブライト(家名はデフォルト)は一番下のクラスだった。現実は世知辛かった。


 クラスは別なのに、ヒロインはハーシェルのルートに入るイベントを起そうとしているのか、ハーシェルとフランシスカが2人で過ごしているところに頻繁に突撃してきた。


「ハーシェル様!私、クッキーを作って来たんです」


 それは好感度が50%を超えてから受け取って貰えるイベントでしょうに。学園に入学してから2週間で起こすイベントでは無い。フランシスカの台詞は嫌味というより注意だった。


「ブライトさん。学園にお菓子を持ち込んではいけませんよ」

「なんでそんなこと言うんですか!?私が気に入らないからってヒドイです!!」

「えっと、校則なのだけど・・・」


 どうやらレナ・ブライトは頭がお花畑系の転生者のようで、何を言っても無駄だった。


「君は耳が聞こえないのか?それともフランの言葉が理解できないくらいの痴れ者か?」


 あ・・・と思った。ハーシェルの『良い声』が更に低音ボイスになった。


「フランが何度優しく諭しても理解せずに喚き散らす・・・不愉快だ」

「ハーシェル様?」

「常識も無いのか?誰が話しかけることを許可した?」

「だって、学園では平等だから・・・」

「学園の決まりの前に常識があるのが当たり前だろう。いい加減にしてもらおうか」


 ハーシェルはキレていた。愛しいフランとの学園生活を楽しみにしていたのに、何かと絡んでくる馬鹿女が目障りで限界だった。


「校則違反は菓子だけではないな。制服の改造もだ・・・おい、そこの教員」

「自分ですか?」


 ハーシェルが呼び止めたのは攻略対象の一人である保健医だった。フランシスカは予定外の『良い声』に体を震わせた。


「この生徒を担任に引き渡せ。校則違反者だ。然るべき処罰が無ければ、僕にも考えがある」

「あ~分かりました。君、一緒に来なさい」

「うるさい!あんたはお呼びじゃないのよ!」

「何で俺キレられてるの?ほら、早く」


 ヒロインは保健医に引きずられて行った。ヒロインらしからぬ退場だった。


「ところでフラン・・・先ほどの教員の声はフランの好みだったのかな?」

「ヒョエ・・・」


 公爵令嬢らしからぬ声が出た。肩を引き寄せられ、耳元で低音ボイスで囁かれたから仕方が無い。


「フランが好きなのは僕でしょ?」

「もちろん、殿下の『お声』が一番好きです」

「声だけ?」


 確かに前世で好きだったのはハーシェルの『声』だけだった。でも、今は違う。フランシスカは、自分の顔の横にあるハーシェルの頬にキスをした。


「フラン・・・君がこんな事をするなんて思っていなかった」

『フランシスカ嬢・・・君がこんな事をするなんて思っていなかった』


 同じ台詞のハズなのに、とても甘い響きだった。

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