味噌汁の冒険
ジャンルは「ローファンタジー」にしています。
それは、誰もがよく見るごく普通の朝食の風景でした。
ある日の事でした。そのごく普通の食卓に、突如、大声が飛び交います。
「もう嫌だ! こんな狭くるしい世界に閉じ込められるのは!!」
大声の正体は、中に豆腐味噌汁のドライフードが入ったお椀でした。
「おおっ!? どうしたんだよ!? 急に!?」
大声に驚きながら答えたのは、対面にいた同じく中身にネギ味噌汁のドライフードが入ったお椀でした。
「どうしたもこうしたもあるか! 俺はもう嫌なんだよ!! こんな狭い世界で一生を終えるのは!!」
ネギ味噌汁は、辺りをぐるりと見渡します。
「え……と、狭い世界って、このちゃぶ台の上のこと?」
「そうだ! このちゃぶ台の上だ! ていうか、何でお前そんなに平然としていられるんだよ!?」
「……そんなこと言われても」
ネギ味噌汁の対応に、思わず声を荒らげてしまう豆腐味噌汁。
「それで? 豆腐味噌汁はどうしたいの?」
「もちろん! この狭くるしい世界を脱出する!!」
豆腐味噌汁のすっとんきょうな提案に、一瞬、言葉を失ってしまうネギ味噌汁。それでも、なんとか口を動かし、どうやってこの狭くるしい世界から脱出するか、聞いてみます。
「……どうやって? 俺達は、自分で移動することも出来ないんだぞ?」
「そこだよ!」
豆腐味噌汁は、興奮気味にこのちゃぶ台の上からの脱出計画を語り始めます。
「俺達さ、お椀の中にお湯を注がれる時、誰も触れていないのに、ちゃぶ台の上を滑るように動く時があるだろ?」
「あるな」
「それを利用して、外の世界に脱出するんだよ!!」
「え……? それって……」
豆腐味噌汁の脱出計画に、重大な欠陥があることに気づいたネギ味噌汁。豆腐味噌汁にそのことを伝えようとした……その時です。
「見ろ! ネギ味噌汁! 上を!」
「上?」
豆腐味噌汁の促されるまま、上空を見上げるネギ味噌汁。すると、そこには、今にもお椀の中に熱々のお湯を注がんとする、人間の女性の姿がありました。
「あのお湯が俺の中に注がれた時、俺の完璧な脱出計画が始まるのだ!!」
「いや……あの……豆腐味噌汁、俺の話を聞いて……」
ネギ味噌汁は、懸命に豆腐味噌汁を止めようとしますが、その思いも虚しく、豆腐味噌汁のお椀にお湯が注がれ、辺りは湯気で見えなくなってしまいます。
「どこだ!? 豆腐味噌汁!? 豆腐味噌汁うううぅぅぅ!?」
懸命に豆腐味噌汁を探し、叫び続けるネギ味噌汁。そこに、突き破る様な大声が聞こえてきました。
「さあ! 今こそこの狭くるしい世界から羽ばたく時!!」
その言葉とともに、豆腐味噌汁が白い湯気の中から飛び出して行きます。
「豆腐味噌汁!?」
外界へ向かって、ぐんぐん底を滑らせる豆腐味噌汁。
「いざゆかん!! 未知なる外世界へぇぇぇ!!!」
そして、すべてを床にぶちまけました。
「豆腐味噌汁うううぅぅぅっっっ!!!」
……おしまい。
底が滑る現象をなんて言うか知ってる人、いますか?