冬の断章-①
俺はひたすら黙って、彼女の告白に耳をすましていた。
彼女の生い立ち。
母親に呪われたこと。
千賀家の伝説のこと。
俺を憎悪し、呪おうとしていたこと。
俺が死んで、彼女が苦しんだこと。
神さまになったこと。
この世界を創り出した張本人であること。
日聖をこの時代に送り、監視役にしていたこと。
カンナを演じていたこと。
俺に嫌われるために、わざと憎まれ役を買って出ていたこと。
何度も、俺の命を救ってくれたこと。
今まで彼女はずっとそばにいて、俺を見守ってくれていたこと。
ずっと、俺のことを好いてくれていたこと。
もうすぐ消えてしまうこと。
ようやく全てを聞き届けて、俺は悟った。
なんて皮肉だろうか。
これまで俺がやってきたことは、全部見当違いの努力で、それどころか彼女の期待と献身を裏切り続けるばかりだった。
俺のために自らを犠牲にして、彼女は初めから消える運命にあった。
彼女を楽しませ喜ばせようとして、俺は彼女を怒らせ悲しませてきた。
自らの愚行のせいで、共にいられる貴重な短い時間さえも潰してしまった。
神さまの手のひらに踊らされて、福島永輔は今日まで哀れな運命の道化を演じ続けていたのだ。
なんて不甲斐なくて、情けなくて、だけどそこには確かに意味があった。
意味はあったのだ。
「どのくらい、時間は残っているんだ?」
「持って、精々あと三日というところです」
三日。
俺は三本指を立てて、その数字を確かめる。
一週間にも満たない、とても短い時間だ。
彼女が余命宣告を告白してきたあの時よりも、随分と残り時間は短くなってしまったらしい。
しかし、それはとても短いようでいて、俺たちにとっては十分過ぎるほど長い時間なのかもしれない。
だって、俺たちはこうしてまた巡り会うことができたのだから。
果たして、他にどんな幸運を望めばいいのだろうか?
「ねえ、永輔さん。もしかして、泣いているんですか?」
俺の頬にそっと触れながら、彼女は訊いてきた。
言われるまで気づかなかったが、確かに俺は今泣いているらしい。
視界が水滴でぼやけて濁っているのに、不思議と意識だけはクリアに澄えていた。
止めようと思っても、涙は止めどなく勝手に流れてきた。
「……不思議なんだ。君がもうすぐいなくなるって知って、苦しくて、辛くて堪らない。なのに俺は今、こんなにも嬉しいんだから」
「私もです。この先、あなたが苦しむことが分かっているのに、こんな結末を迎えられた奇跡が嬉しくて、嬉しくて、堪らないんです」
「おかしな話だ。嬉しいのに悲しくて、悲しいのに嬉しくて。これじゃ、何もかもあべこべじゃないか」
「それでいいんです。だって私たちは、何一つ間違えていなかった。……全部、全部、正しかったんですから」
ぼやけて輪郭を失った世界の先に、彼女がいた。
俺と同じように大粒の涙を流しながら、はにかんで燎火さんは言った。
なんて出来損ないのラブストーリーだろう。
どこまでも俺たちは、互いのことを想い合い、だからこそ今日まで絶望的にすれ違い続けた。
愚かな間違いをたくさん犯しながら、随分と長く彷徨い、ここまで遠回りをしてしまった。
いくつもの矛盾を抱えながら、再びこうやって巡り会った。
でも、それはきっと恩寵だ。
間違い続けることでしか、俺たちはこの正解には辿り着けなかった。
奇跡なんて、陳腐な言葉じゃ足りない。
どんな言葉も、この帰結を語るには役者不足だった。
互いの指で、そっと涙を拭い合う。
俺たちは固く抱きしめ合って、それからゆっくりと唇を寄せた。
そして、いつものように二人で笑い合った。
何も言わぬ神へ目に物見せるように、俺たちはささやかな愛を祝した。
いずれ訪れる悲しい結末さえ、愛してみせようと誓った。
「じゃあ、行こうか」
「どこにですか?」
「デートに行こう。こんな見飽きた場所はさっさと抜け出して、最後に誰もが羨むようなデートをしてやろう」
彼女は瞳を大きく見開いて「はい」と嬉しそうに答え、勢い良く俺の手を取った。
涙で濡れたその手を強く握りしめて、俺たちは病室を抜け出した。
彼女の細い手を引いて、病院の構内を二人で駆けていく。
その様は傍から見れば、迷惑な子どもの悪戯でしかなかっただろう。
道を行く患者や看護士たちが、呆気に取られた様子で俺たちを見つめていた。
俺たちはその様子を眺めては、二人で顔を見合わせてくすくすと笑った。
急いで駆け寄ってくる看護士もいたが、俺たちはその脇を上手く通り抜けて、なんとか逃げ切ることができた。
あえて場を弁えない傍迷惑な子どもたちを演じて、俺たちはそれを愉しんだ。
俺たちは無敵だった。
最強だった。
誰にだって、止められるはずがなかった。




