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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第四章 冬の断章 -Irony-

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冬の断章-①

 俺はひたすら黙って、彼女の告白に耳をすましていた。


 彼女の生い立ち。


 母親に呪われたこと。


 千賀家の伝説のこと。


 俺を憎悪し、呪おうとしていたこと。


 俺が死んで、彼女が苦しんだこと。


 神さまになったこと。


 この世界を創り出した張本人であること。


 日聖をこの時代に送り、監視役にしていたこと。


 カンナを演じていたこと。


 俺に嫌われるために、わざと憎まれ役を買って出ていたこと。


 何度も、俺の命を救ってくれたこと。


 今まで彼女はずっとそばにいて、俺を見守ってくれていたこと。


 ずっと、俺のことを好いてくれていたこと。


 もうすぐ消えてしまうこと。



 ようやく全てを聞き届けて、俺は悟った。


 なんて皮肉だろうか。 


 これまで俺がやってきたことは、全部見当違いの努力で、それどころか彼女の期待と献身を裏切り続けるばかりだった。


 俺のために自らを犠牲にして、彼女は初めから消える運命にあった。


 彼女を楽しませ喜ばせようとして、俺は彼女を怒らせ悲しませてきた。


 自らの愚行のせいで、共にいられる貴重な短い時間さえも潰してしまった。


 神さまの手のひらに踊らされて、福島永輔は今日まで哀れな運命の道化を演じ続けていたのだ。


 なんて不甲斐なくて、情けなくて、だけどそこには確かに意味があった。


 意味はあったのだ。



「どのくらい、時間は残っているんだ?」


「持って、精々あと三日というところです」


 三日。


 俺は三本指を立てて、その数字を確かめる。 


 一週間にも満たない、とても短い時間だ。


 彼女が余命宣告を告白してきたあの時よりも、随分と残り時間は短くなってしまったらしい。


 しかし、それはとても短いようでいて、俺たちにとっては十分過ぎるほど長い時間なのかもしれない。


 だって、俺たちはこうしてまた巡り会うことができたのだから。


 果たして、他にどんな幸運を望めばいいのだろうか?


「ねえ、永輔さん。もしかして、泣いているんですか?」


 俺の頬にそっと触れながら、彼女は訊いてきた。


 言われるまで気づかなかったが、確かに俺は今泣いているらしい。


 視界が水滴でぼやけて濁っているのに、不思議と意識だけはクリアに澄えていた。


 止めようと思っても、涙は止めどなく勝手に流れてきた。


「……不思議なんだ。君がもうすぐいなくなるって知って、苦しくて、辛くて堪らない。なのに俺は今、こんなにも嬉しいんだから」


「私もです。この先、あなたが苦しむことが分かっているのに、こんな結末を迎えられた奇跡が嬉しくて、嬉しくて、堪らないんです」


「おかしな話だ。嬉しいのに悲しくて、悲しいのに嬉しくて。これじゃ、何もかもあべこべじゃないか」


「それでいいんです。だって私たちは、何一つ間違えていなかった。……全部、全部、正しかったんですから」


 ぼやけて輪郭を失った世界の先に、彼女がいた。


 俺と同じように大粒の涙を流しながら、はにかんで燎火さんは言った。


 なんて出来損ないのラブストーリーだろう。


 どこまでも俺たちは、互いのことを想い合い、だからこそ今日まで絶望的にすれ違い続けた。


 愚かな間違いをたくさん犯しながら、随分と長く彷徨い、ここまで遠回りをしてしまった。


 いくつもの矛盾を抱えながら、再びこうやって巡り会った。



 でも、それはきっと恩寵だ。


 間違い続けることでしか、俺たちはこの正解には辿り着けなかった。


 奇跡なんて、陳腐な言葉じゃ足りない。


 どんな言葉も、この帰結を語るには役者不足だった。


 互いの指で、そっと涙を拭い合う。


 俺たちは固く抱きしめ合って、それからゆっくりと唇を寄せた。


 そして、いつものように二人で笑い合った。


 何も言わぬ神へ目に物見せるように、俺たちはささやかな愛を祝した。


 いずれ訪れる悲しい結末さえ、愛してみせようと誓った。


「じゃあ、行こうか」


「どこにですか?」


「デートに行こう。こんな見飽きた場所はさっさと抜け出して、最後に誰もが羨むようなデートをしてやろう」


 彼女は瞳を大きく見開いて「はい」と嬉しそうに答え、勢い良く俺の手を取った。


 涙で濡れたその手を強く握りしめて、俺たちは病室を抜け出した。


 彼女の細い手を引いて、病院の構内を二人で駆けていく。


 その様は傍から見れば、迷惑な子どもの悪戯でしかなかっただろう。


 道を行く患者や看護士たちが、呆気に取られた様子で俺たちを見つめていた。


 俺たちはその様子を眺めては、二人で顔を見合わせてくすくすと笑った。


 急いで駆け寄ってくる看護士もいたが、俺たちはその脇を上手く通り抜けて、なんとか逃げ切ることができた。


 あえて場を弁えない傍迷惑な子どもたちを演じて、俺たちはそれを愉しんだ。


 俺たちは無敵だった。


 最強だった。


 誰にだって、止められるはずがなかった。

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