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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第四章 冬の断章 -Irony-

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舞台袖からの景色-⑥

 話は戻る。


 春。


 私は、永輔さんに嫌われようと躍起になっていた。


 伝説に登場するカンナを騙って演じ、無茶な選択肢を突きつけて強引に千賀燎火を諦めさせようとした。


 だけど、どうしても上手くはいかなった。


 幸福な世界か、たった数ヶ月前に出会ったばかりの性悪な女か。


 そんな選択、わざわざ迷う必要もない。


 近くに自分を好いてくれる綺麗な女の子がいるのだから、頓着せず彼女に目移りすればいいのに、彼は頑なにそれをしなかった。


 日聖さんは美人だった。


 役者として活躍して、個性的で明るくて、友だちもたくさんいる。


 私なんかとは比べ物にならないくらい素晴らしい女性だ。


 それに彼への気持ちも、私とは比べ物にならないほど重くて長く、そして尊いものだった。


 同じ土俵で戦っていれば、大半の人生を病室で過ごして自分を磨くことなど知らなかった私に勝ち目なんてありはしなかった。


 日聖愛海からしてみれば、私なんて蟻のようにちっぽけな女だっただろう。


 永輔さんが私を好いてくれたのは、ほんの運命の悪戯に過ぎない。


 人生に絶望していた彼にとって、たまたま私なんかが魅力に映っただけだ。


 そうじゃなければ、彼が私のような平凡以下の女に振り向いてくれるはずはない。


 そんな絶望的な確信を、私は次第に深めていく。


 歯車を一つなくして動けなくなっていただけで、彼は本来なら人並み以上の幸福を手にするべき人間だった。


 あの悲劇さえなければ、この世界のように日聖さんや宮内さんたちと幸せに生きていけたはずなのだ。


 そこに私のつけ入る隙は少しもない。


 自分で創り出しておきながら、この世界に私の居場所はどこにもなかった。



 でも、永輔さんはこの世界で変わった。


 違う。


 最初から彼はそういう人間だったのだ。


 私は彼の本質を掴み損ねていた。


 どんなに傷つき、どんな逆行に立たされても、彼は私を諦めようとはしなかった。


 まるでヒーローのように立ち上がり、私に向かって手を差し伸べ続けてくれた。


 嬉しかった。


 そして、悲しかった。


 彼は馬鹿だ。


 大馬鹿者だ。


 私みたいな人間に執着して、何度も自分を犠牲にしようとしてきた。


 大きな声で真実を口に出して、心のゆくままに罵倒の限りを尽くしたかった。


 衝動のままにその身体を踏みつけて、彼の間違いを無理矢理にでも正したかった。


 それでも私は、そんな彼の愚かさを愛さざるをえない。


 彼の言葉を無視して、自分を犠牲にすることでしか愛を明かせなかった。


 そんな手段しか選べなかった、愚かな私を彼は愛してくれた。


 何度も立ち上がって、私の心を開かせようとした。


 がむしゃらに、この不条理な世界に立ち向かった。


 私は次第に、彼に嫌われようとするのを諦めるようになった。


 近い将来に大切な人が苦しむのを分かっているはずなのに、彼を拒絶することを放棄してしまったのだ。


 どこまでいっても、私はろくでなしだ。


 カンナ祭り。


 あの夏祭りの夜。


 彼は私を笑顔にするためにくだらない悪戯を企て、その果てにまたも交通事故で命を落としそうになった。


 日聖さんからの電話で彼が危険なことを知り、私はその寸前で力を使って彼を助けた。


 大きな奇跡には代償が必要だ。


 短かった私の猶予はさらに縮まった。

 

 もはや年を越せるかどうかも、分からなくなった。



 もう二度と同じ失敗を繰り返さないために、私は永輔さんに心を開くことを決めた。


 決して本心を伝えられない友人役として、彼の隣に寄り添える権利を得たのだ。


 図書室で一緒に仕事したこと。


 放課後、一緒に歩いて話し合ったこと。


 たくさん送ってくれたメールの文章。


 近くの中華屋にラーメンを食べに行ったこと。


 隣町まで一緒に舞台を見に行ったこと。


 彼と過ごした数ヶ月の出来事を、私は昨日のように思い返すことができる。



 こんな私に優しくしてくれた。


 こんな私に話しかけてくれた。


 こんな私を愛してくれた。



 それだけで私は、こんな世界の全てを許すことができた。

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