舞台袖からの景色-②
最初から、千賀燎火は望まれて生まれてきた子どもではなかった。
地方の劇団所属の女優という不安定な生き方をしていた母は、私を身籠った後に男に蒸発されて、自分の他に子ども一人を食わせないとならない羽目に陥った。
勘当上等で実家を飛び出した彼女は親に頼ることもできなかったのだ。
食事代だけを無駄にすり減らす、憎悪しかない男の子。
そんなものに分け与える愛情はこれっぽっちもない。
幼少期のほとんどを家で一人きりで過ごし、母が帰ってくれば容赦ない暴力と暴言に晒される。
そんな日々を送った。
それでも、少しは救いがあった。
テレビ下のビデオラックの奥に収納されている、母の出演している舞台の映像ロム。
他に玩具などを与えられず、友だちもいなかった私が唯一与えられた娯楽がそれだった。
勝手に観たことが分かると怒られるので、いつもこっそりと持ち出して、証拠を残していないか何度も確認しなければならなかった。
だけど私は、そのリスクを恐れなかった。
そこに写っている母は、私の前では決して見せない希望に満ちた表情をしていて、まるで別人のように輝いて綺麗だった。
そんな彼女に、私は恋をした。
絶望的な恋という奴だ。
彼女にもう一度会いたいと焦がれた。
齧りつくように若い母の姿を追い、帰宅した生の彼女の姿と態度のギャップに打ちのめされた。
いくら叩かれても、存在を否定されても、愛する彼女に会いたい一心で耐え続けた。
私を虐めることで彼女の気が済むのなら、もっとやってくれとさえ思った。
愛は惜しみなく奪う。
何度も何度も裏切られ、それでもモニター越しに生き生きと躍動する、誰かを演じている彼女の姿に見惚れ続けた。
そんな生活は、私の入院で終わりを告げた。
小学校の給食の時間に突然倒れ、救急車に運ばれた。
緊急手術を受けた後、私は拡張型心筋症と診断された。
その後の人生を病室で過ごすことになり、母は私が入院してから半年も経たないうちに、部屋で首を括った姿で発見された。
今思えば、母にとって私は憎むべき対象であり、同時に唯一依存できる対象だったのだろう。
きっと「燎火」という名前は、彼女にとって私が篝火であった事実を示していた。
そこに愛はなくとも、彼女にとって私の存在は祝福たりえた。
所詮、そんなのは都合の良い解釈に過ぎない。
そう思わなければ崩れてしまう、私が他に縋る物が何もない空っぽな人間だからだ。
その上、頭まで空っぽとくれば、もはや救いようがないではないか。




