秋の断章⑥-2
息継ぎする間もなく日は流れ、十一月の中旬を迎えていた。
それは俺が彼女と出会い、全ての歯車が回りだしてから、もうすぐ一年が経とうとしていることを意味している。
学園祭の本番まで、あと一週間を迎えていた。
台本の台詞は、とっくに頭に叩き込んである。
練習の段階は実際に劇を一から十まで通しで上演する、通し稽古を行うまで進んでいた。
照明や音響、衣装などの班も、日聖の統率のもとで大分形になっていた。
今日は、その成果を提示し合う大切な日だった。
実際に体育館のステージを使って、クラス発表の説明アナウンスから、緞帳が降り切るまで(責任という都合で実際には降ろさないが)をシュミレーションする。
ステージでクラスメイトに囲まれながら、自分の演じている姿を凝視されるのは、顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしい。
それでも日聖の妥協ない真剣な演技を前にすれば、そんな生温い文句など言ってられなかった。
なるべく彼らを視界と意識から追放して、真摯に役を全うすることに集中した。
練習を終えて開口一番、間近で劇を見ていた副担任が興奮気味に口を開いた。
「……良かった。本当に良かったよ。これで一ヶ月しか練習してないなんて、信じられないくらい」
彼女は興奮して手を叩きながら、舞台の上でぼんやり立ち尽くしている日聖に顔を向けた。
「日聖さんは、言うことがないくらい素晴らしかった。流石、子どもの頃から演劇に携わっているだけあるわね。私なんかじゃ、生半可なアドバイスはできないかな」
次は俺の方に、目が向けられる。
全身を固まらせて緊張しながら、彼女の言葉を待った。
「永輔くんも愛海さんに引っ張られずに演じてたのが、とても良かったと思う。普通、初心者があれだけの演技を目にしたら萎縮して、ぎこちない演技になっちゃうものだからね。声は申し分なかったから、あとはもっと表情を柔らかくして演じることぐらいかな」
概ね高評価なようだったので、ほっとしてため息をついた。
俺は壇上から、感謝の言葉と共に頭を下げた。
「つい学生時代を思い出しちゃったわ。私が演劇部に入っていた時の劇より、何倍も形になっていたかも」
服の裾で眼鏡を拭きながらしみじみと言う副担任を横目に、俺たちは中心に据えられたステップ台から舞台を降りた。
音響係だった新田とアナウンス役だった羽瀬が、ステージ横の控室から出てくる。
昔から羽瀬は声質がいいと思っていたので、俺がアナウンス役に推薦した。
もちろん、役者からの指名は絶対だという脅しと共にだ。
最初は嫌がっていたが、生来小心者な癖に目立ちたがりの彼には適役だったらしく、そのうち文句も言わなくなった。
実際、その声質の良さと流暢さは日聖も褒めるぐらいで、数週間練習をしただけで十分なクオリティを発揮してくれていた。
ステージから降りると、にわかにクラスメイトたちから取り囲まれ、散々茶化されながら持て囃された。
俺はそれを押しのけながら、なんとか副担任と詳しい感想を訊いていた日聖のもとへ辿り着く。
本来ならこれでお開きという流れだったが、彼女と個人的に基礎練習や反省点を話し合う約束をしていた。
クラスメイトたちが解散していく中、俺たちだけが体育館に取り残される。
いつの間にか隣にいた日聖が耳元で囁いた。
「そろそろ、屋上行こっか」
俺が「ああ」と頷くと、彼女はそっと手を伸ばしてきた。
俺は迷いなくその手を握り返して、二人で屋上まで向かった。




